生活協同組合研究 2022年3月号 Vol.554
持続可能な農業──みどりの食料システム戦略と有機農業──
2019年9月の国連気候行動サミットに出席するため小泉進次郎環境大臣(当時)がニューヨークを訪れた際に「毎日でもステーキを食べたい」と発言し非難をあびたことがあった。牛はゲップなどで温室効果化ガスを排出するとともに牛肉生産は大量の穀物を消費すること等がその理由であったが、一方で牛肉の生産・消費といった農業に関わる問題が環境問題に結びついていることを多くの人が知る契機となった。
この数十年間、世界的な人口の増加と食肉消費量の増加に対応した食料増産が行われ、そのための窒素やリン等の化学肥料の農地への投入量は急増している。これらは地球環境に大きな負荷をかけプラネタリーバウンダリー(地球の限界)を超える要因として懸念されている。この様な中、米国では2020年2月に「農業イノベーションアジェンダ」、EUでは2020年5月に「Farmto Fork(農場から食卓まで)戦略」が発表され、有機農業の拡大や化学農薬使用量の半減等の目標が提示された。国内では2021年5月に農林水産省から「みどりの食料システム戦略」が公表され、2050年までに化学農薬50%低減、化学肥料30%低減、有機農業を100万haに拡大する等の目標が掲げられた。2021年9月にニューヨークで開催された国連食料システムサミットでは菅義偉首相(当時)が「『みどりの食料システム戦略』を通じ、農林水産業の脱炭素化など、環境負荷の少ない持続可能な食料システムの構築を進める」ことを表明した。
「みどりの食料システム戦略」は高い数値目標を掲げ持続可能な農業を指向している点を評価する意見がある一方で、世界で有機農業に取り組む面積が増加している中、日本では全耕地面積の0.5%に留まっていること等もあり、現状との乖離が大きいことを懸念する声も少なくない。
本特集ではこのような有機農業と「みどりの食料システム戦略」を取り巻く課題と生協の取り組みに焦点を当てた。窒素やリンなどの化学肥料が地球環境に及ぼす影響、EUにおける有機農業の現状、国内におけるみどりの食料システム戦略と有機農業の推進施策、減農薬・有機農業をめぐる世界の潮流、持続可能な社会と有機農業、生協における環境保全型農業や産直の取り組み等を論じている。今後の持続可能な農業のあり方について考える契機となれば幸いである。
(渡部 博文)
主な執筆者:伊藤昭彦、平石康久、佐藤夏人、鈴木宣弘、谷口吉光、風間与司治、那須 豊
目次
- 巻頭言
- もう一度考えてみる(生源寺眞一)
- 特集 持続可能な農業──みどりの食料システム戦略と有機農業──
- 地球の限界“プラネタリーバウンダリー”──窒素とリンの循環と化学肥料──(伊藤昭彦)
- EUにおける有機農業の位置づけと有機畜産の現状(平石康久)
- 持続可能な農業生産の実現に向けて──みどりの食料システム戦略と有機農業の推進施策──(佐藤夏人)
- 減農薬,有機農業をめぐる世界の潮流とみどりの食料システム戦略(鈴木宣弘)
- 「有機農業のパラダイム」とみどりの食料システム戦略の行方(谷口吉光)
- 環境にやさしい農業の継承と有機・次世代産直の創造
──東都生協の組合員と生産者が育む持続可能な農業──(風間与司治) - パルシステムの産直と環境保全型農業の取り組み(那須 豊)
- 研究と調査
- ロッチデール・パイオニアーは「先駆者」か「開拓者」か?──過去を検証してみると── (鈴木 岳)
- 本誌特集を読んで(2022・1)
- (高木英孝・向井 忍)
- 研究所日誌
- アジア生協協力基金2022年度助成先決定のお知らせ
- 「生協社会論」受講生募集
- 生協総研賞・第18回助成事業研究論文集を刊行しました