生活協同組合研究 2020年10月号 Vol.537
ゲノム編集食品にどう対応すべきか
2019年10月1日からゲノム編集食品の流通や発売に向けた届け出制度が始まった。ゲノム編集技術とは、生物が持つ遺伝子の中の特定の場所を高い精度で切断すること等により、特定の遺伝子が担う形質を改良することができる技術であり、ゲノム編集食品とはこの技術を応用して従来とは異なる新しい性質をもたせた食品である。国内外で、血圧を下げる成分を多く含むトマト、アレルギー物質が少ない卵、芽に毒がないジャガイモ、筋肉量の多いマダイ、オレイン酸を多く含む大豆など、さまざまな食品の開発が進んでいる。
ゲノム編集技術を用いることで、従来の品種改良とは桁違いの安いコストで新品種が開発でき、私たちの食生活に様々なメリットを与えることが期待されている。一方で、これら食品の安全性の検証は十分でなく体に悪影響を与える可能性が排除できないこと、表示が義務化されておらず消費者の選択の自由が確保されていないこと等から、現段階で流通・発売すべきではないという意見もある。
この問題をめぐっては、消費者や事業者の理解が進んでいるとは言い難い。そもそもゲノム編集といわれても、どういうものなのかピンとこないという人が多いだろう。ゲノム編集は、近年、飛躍的に進歩している現在進行形の技術であり、その実態はとても複雑である。それゆえ、消費者も事業者もその実態を正確に把握することは難しい。また今日まで、ゲノム編集食品をめぐり多くの専門家が知見を述べてきたが、それらが肯定派と否定派といった安易な対立軸で報道されることも多く、出された知見の背景や根拠が伝わりにくかった。このような報道も、消費者や事業者の理解が進みづらい一つの要因ではないかと思われる。
これを受けて本特集では、多様な立場の5名の専門家に寄稿いただき、それぞれの知見の背景や根拠を丁寧に説明いただこうと考えた。そもそもゲノム編集技術とはどのような技術なのか、遺伝子組換え技術とはどう異なるのか、といった基本的な点を丁寧に解説いただくとともに、ゲノム編集食品の開発をめぐる国内外の動向、ゲノム編集食品に対する法的規制や政府の対応、消費者・事業者・行政など関係者間でのリスクコミュニケーションの方法等、多面的な視点でゲノム編集食品の可能性や課題を論じていただいた。
「食の安心・安全」を理念とする生協が、ゲノム編集食品にどう対応するのかは重要な課題であろう。事業者として、消費者が安心できる食環境の整備のために何をすべきだろうか。本特集がきっかけとなって、消費者および事業者のゲノム編集食品に対する理解が深まれば幸いである。
(中村由香)
主な執筆者:塚谷裕一、石井哲也、松永和紀、西分千秋、纐纈美千世、宮﨑達郎、鈴木 岳
目次
- 巻頭言
- 有機農畜産物・動物福祉配慮食品の「産業化」と基準(大木 茂)
- 特集:ゲノム編集食品にどう対応すべきか
- ゲノム編集とはなにか(塚谷裕一)
- ゲノム編集食品と消費者への情報提供のあり方(石井哲也)
- ゲノム編集食品を巡るリスクコミュニケーションを考える(松永和紀)
- ゲノム編集食品が食卓へ──表示とトレーサビリティの必要性──(西分千秋)
- 遺伝子操作は許されない──ゲノム編集食品の販売を中止すべきだ──(纐纈美千世)
- ゲノム編集食品に対する消費者の意識(宮﨑達郎)
- 欧州における遺伝子組み換え食品の議論と生協をめぐって(鈴木 岳)
- 本誌特集を読んで(2020・8)
- (岡 英幸・齋藤嘉璋・宮本聖二)
- 書籍紹介
- リスク・コミュニケーションを考える(小塚和行)
- 研究所日誌
- 公開研究会「『労働者協同組合』を学ぶ」(10/15・オンライン・四ツ谷)
- 公開研究会「新型コロナウイルス感染症と食料問題」(10/22・オンライン・四ツ谷)
- 公開研究会「プラスチック汚染・脱プラスチック」(11/12・オンライン・四ツ谷)
- 公開研究会「コロナ禍と生協~『生協』らしいつながり方』の模索」(10/22・オンライン・四ツ谷)
- 公開研究会「コロナ予防体制下での生活動向~家計変動と食生活を中心に」(仮題、12/8・オンライン・四ツ谷)
- アジア生協協力基金「2021年度・助成金一般公募のご案内」(締め切り10/31)
- 『生活協同組合研究』総目次 2020年4月号~9月号