生活協同組合研究 2020年6月号 Vol.533
医療生協の最新動向と身近なつながりの重要性
本号の特集テーマを決めたのは今年に入って間もなくのことであり、新型コロナウイルスが現在(2020年5月時点)のように社会全体を覆う大問題になる前であった。企画時の問題意識としては、健康は老若男女を問わず生活の基本的な関心事であり、その健康に関わる医療・介護・福祉サービスの提供を主な事業とする医療福祉生協(以下、医療生協)を中心に、関連するトピックを概観、医療生協が長年にわたり進めている地域における組合員活動の意義も含めて特集とする、ということであった。
医療生協の主要な事業分野である医療は政策に大きく規定されるため、まず尾玉稿において医療政策・制度の解説を頂いた。費用・質・アクセスの面から日本の医療制度を評価、財政問題の視点から批判されることの多い国民皆保険制度だが、人々の健康に一定の役割を果たしていることが示されている。また今後も医療の質を向上させるために必要な対策の他、中長期的には制度を支えるための恒久的な財源確保の必要性が提示されている。
続いて江本稿では全国の医療生協の概況を紹介、事業収益や組合員関連の数値(組合員数、支部数等)が伸びていることを確認したうえで、医療生協の全国組織である日本医療福祉生活協同組合連合会がまとめた「2030年ビジョン」について解説している(全文は資料として特集最後に掲載)。「健康」の持つ意味や、他者とのつながりから生まれる「居心地」の良さに基礎をおいたまちづくり、事業所の垣根を越え、組合員参加を含めた連携を目指す「総合力」の考え方(尾玉稿の提案にも呼応する)、これに関連するコ・プロダクションの概念を中心に、将来へ向けた医療生協の指針を示している。
医療生協の目指すまちづくりとも関わるコミュニティ概念の変遷を概観し、コミュニティ概念が産業構造や人々のライフスタイルの変化と共に解体と再生を繰り返してきたこと、今後もそれが変わりうることを解説し、大阪市に関する調査データを用いて近隣暴力・暴言被害を分析しているのが川野稿である。コミュニティの問題解決力の限界を示す結果となっているが、住民らが新たに 生み出す「創発的な効果」の可能性は残されており、地域に根差しつつ、地域の外の社会とのつながりをもたらす協同組合への期待が述べられている。
山崎稿は福山医療生協の神辺支部における組合員活動を事例として、長年にわたる地域でのミクロ的な活動継続が確かな成果を残していることを叙述している。マスメディアや官庁の広報では、高齢者人口の増加についてネガティブな面が強調されることが多いが、本事例は健康への関心を通じた近隣のつながりもまた高齢者層によって支えられていることを示している。
齋藤稿では、医療福祉生協連が班会に参加する組合員を対象に行った健康度 に関する第一次調査について報告、班会に参加している人は健康度が高いという結果が判明した。調査は継続予定であり、班会への参加が健康に及ぼす影響について今後より詳しい解明が期待される。
新型コロナウイルス感染予防のため外出の自粛が要請される状況下、健康や 身近な人とのつながりについての再考が促されているように思う。本号の特集 がその材料の一つになれば幸いである。
(山崎由希子)
主な執筆者:尾玉剛士、江本 淳、川野英二、山崎由希子、齋藤文洋
※先月号より開始した連載「新型コロナウイルスへの各国生協の対応」では、今回はイタリアとスペインの生協の取り組みを紹介しています。また「研究と調査」では、コロナ禍における生活変化を組合員調査結果から報告しています。
目次
- 巻頭言
- 新型コロナウィルス感染拡大とDV(戒能民江)
- 特集 医療生協の最新動向と身近なつながりの重要性
- 日本の医療政策の方向性を考える ─医療の質向上のための財源確保へ─(尾玉剛士)
- 医療福祉生協の近年の動向と今後の可能性 ─2030年ビジョンのキーワードを中心に─(江本 淳)
- 分断する大都市と近隣関係 (川野英二)
- 事業所から離れた地域における活発な組合員活動の事例 ─福山医療生協神辺支部─(山崎由希子)
- コラム 「医療福祉生協の班会に参加する組合員の健康度調査」 の結果から(齋藤文洋)
- 資料:医療福祉生協の2030年ビジョン(日本医療福祉生活協同組合連合会)
- 連載 協同組合系研究所の逐次刊行物より⑮
- 農林中金総合研究所『金融市場』(原山浩介)
- 継承・発信 平和の取り組み⑦
- ~平和なくらしを子どもたちに引き継ぐために~ 「6.23ファミリーピースウォーク」(玉城尚子)
- 新型コロナウイルスへの各国生協の対応②
- イタリアの生協とCOVID-19(天野晴元)
- スペインにおけるCOVID-19と2生協の対応(鈴木 岳)
- 研究と調査
- 新型コロナ感染予防体制下の生活変化
─家計の長期的データ及び組合員モニターアンケートより─(近本聡子) - 本誌特集を読んで(2020・4)
- (倉貫浩一・島崎安史)
- 文献紹介
- 高柳彰夫・大橋正明編『SDGsを学ぶ』(小塚和行)
- 私の愛蔵書
- 賀川豊彦『復刻版 死線を越えて』 (鈴木 岳)
- 研究所日誌
- 第18回生協総研賞「助成事業」の応募要領(抄)