刊行物情報

生活協同組合研究 2017年10月号 Vol.501

女性と子どもの貧困 ─「子どもの貧困」の背景にある経済格差─

(1)特集の意図は

 貧困問題は、日本の経済レベルでは本当はあまり深刻ではないはずのものである(収入状況は近本論考参照)。しかし、社会保障制度全般による所得再配分の機能がうまく働いていないことがまず第一に問題である。所得格差で貧困層が存在し、生活保障されずに放置されているということである。貧困については経済問題が主であるので、再配分政策がもっとも重要な領域であると考えている。再配分システムについては、大沢真理氏(当研究所理事)が早くから本誌でも「日本社会はシングルマザーを過剰労働に陥らせる」と看破しており、世界のなかでもシングルマザーへの生活保障が行き届かないことはよく知られていると思う。

 もちろん貧困の連鎖を断ち切る仕組みも重要ではある。これは家族に第三者が介入することについて多くの議論があり、家族の負の機能から子どもの発達をどう守るか、という点で未熟な領域である。なぜなら家族こそが子どもを“うまく” 育てられると信じられていたからだ。家族主義や自己責任論が政策整備を阻んできているといってよい。

 この特集は、子どもの貧困とセットで女性の貧困化に注目して出版もされた宮本みち子氏の『下層化する女性たち:労働と家庭からの排除と貧困』(2015年)に触発されている。基盤の本当の問題は、女性労働の過小評価であり、日本の非正規労働の価値の低さである。もうひとつのきっかけは、昨年開催され報告書が日本生協連からでている「子どもの貧困」研究会である。生協組合員の「子どもに責任はないのに」という共感性から普及してきており、もちろんそれは重要な視点である。また、日本は少子化があと半世紀は進行することを踏まえ、少ない子どもたちが、よき市民として幸福に成長して欲しいという社会的な要請(希望)も強いだろう。

 この意図から、まず放送大学の宮本みち子氏に著書の重要な部分を取り出して書いていただき、総論とした。また、国際的な視点で、子どもの貧困に政策として取り組み成果をあげた(現在は問題もある)イギリスの政策の功罪と教育について、教育政策が専門である名古屋大学の中嶋哲彦氏に論考を寄せていただいた。近本は完全平等の経済所得を示しながら(これが実現すれば貧困層はいなくなるが有りえない)、生協が雇用と地域でどのように取り組めるかをいくつかの段階に分けて論じている。

 同僚で家族や女性の視点をクリアにもつ立教大学の本田麻希子氏に日々の臨床の知見から貧困が子どもたちに与える影響について分析いただいた。発達の視点は子どもの領域では欠かせない。しんぐるまざあず・ふぉーらむ理事長の赤石千衣子氏には、シングルマザーの当事者団体から、現在どのような動きがあり、どのような政策が必要なのか、論じていただいた。

 また、事例研究のなかから、山梨県で活躍するNPO フードバンク山梨と松山市で活躍する当事者性の強いまつやま子ども食堂の野中玲子氏をとりあげている。前者は、フードドライブを広範囲に広げ、貧困家庭に届けている状況、学習支援や食堂も始めているところなど地域連携とそのスキームがすぐれていることを紹介している。後者は、当事者が、地域の中で学びエンパワメントされながら、地域のネットワークを作ることが紹介されている。野中氏とは松山市で2017年に開催された「地域福祉学会」で知り合い、この地域でのベストプラクティスであることも学会で紹介されている。

(2)見えない貧困を見出す想像力を

 子どもの貧困については日本生協連も研究会を開催し、報告書を作成している。その中でもデータがあるように、貧困とは「あす食べるものがない」という大変な状況を絶対的貧困とすると、現代は、日々地域の人々からは見えにくい「相対的貧困」という概念を用いて把握する。

 この相対的貧困は、計算された貧困ラインよりも下の世帯の率となる。貧困ラインは、等価可処分所得(世帯の可処分所得、すなわち収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入を、世帯人員の平方根で割って、ひとりあたり収入とした所得)の中央値の半分(50%)の額である。

 中央値とは所得順に対象を一列に並べた真ん中の額で、平均値ではない。1人あたり年間所得の真ん中が仮に200万円であるなら100万円が貧困ラインになる。そのライン以下の日本の子どもの貧困率(厚生労働省:国民生活基礎調査より算出)を掲示する。

 このグラフはイギリスの解説がある中嶋論文のイギリスの貧困率グラフと比較していただければと思う。日本では漸増であることが一目で分かる。政策の不在・再配分機能の劣化が進行してきたが、2015年やや低下した。武田氏の巻頭言にあるように、母子世帯ではこれが8割となり、深刻である。

 地域でできることは、かなり限られてくるが、子育て支援や教育機関と連携して、現実現在困っている女性達、子ども達に一刻も早く手を差し伸べられるとよいなと切実に考えている。

(近本 聡子)

主な執筆者宮本みち子、赤石千衣子、本田麻希子、中嶋哲彦、近本聡子、野中玲子

目次

巻頭言
子どもの貧困(武田晴人)
特集 女性と子どもの貧困──「子どもの貧困」の背景にある経済格差──
下層化する女性たち: 労働と家庭からの排除と貧困(宮本みち子)
シングルマザーの貧困と子どもたち(赤石千衣子)
学校における心理的援助と社会福祉的援助をつなぐ視点──文献研究と事例考察からの展望──(本田麻希子)
いま、イギリスから何を学ぶか:子ども貧困法の制定とその後(中嶋哲彦)
女性と子どもの貧困を地域で支える:組合員の活動と生協事業(近本聡子)
コラム1 経済支援の必要な子ども家庭に届く支援──フードバンク山梨の事例から──(近本聡子)
コラム2 まつやま子ども食堂──貧困から立ち上がり地域の助け合いへ──(野中玲子)
時々再録
みやぎ生協ファミマ・コープ見学記(白水忠隆)
本誌特集を読んで(2017・8)
(大木 茂・樫原弘志)
新刊紹介
松岡真宏・山手剛人著『宅配がなくなる日 同時性解消の社会論』(髙橋怜一)
写真:ジョー・オダネル、編著:坂井貴美子『神様のファインダー』 (菅谷明良)
研究所日誌
アジア生協協力基金2018年度・助成金一般公募のご案内
2017年度公開研究会(京都10/18)
スイスの二大生協の歴史と現況
2017年度生協総研賞 第11回「表彰事業」受賞作の発表