刊行物情報

生活協同組合研究 2016年11月号 Vol.490

特集:幸福について考える

 幸福とは何か。この素朴な疑問は,これまで多くの人々の頭を悩ませてきた古くて新しい問題である。様々な学問分野がこの問題に取り組み,幸福に影響を与える要因について分析を重ねてきた。特に近年では,経済学や心理学において多数の研究成果が発表されるとともに,多くの国や国際機関,大学等において幸福度の指標化についての取り組みが進められている。日本でも2011年12月に内閣府が「幸福度指標案」を発表するなどその重要性が認識され,一部の府県や市区においても指標の導入が進められている。

 これらの動きの背景にあるのは,1人当たりの国内総生産(GDP)の増加,つまり経済成長が必ずしも社会の発展や国民の幸福の増進につながっていないという実感があるからである。日本はすでに経済的に豊かであるにもかかわらず,国連が毎年公表している「世界幸福度調査(2016年版)」で世界157カ国中53位となるなど,先進国の中でも相対的な地位は低い。もちろん本調査が,日本人の国民性を反映していないといった課題も指摘されてはいるものの,この結果が何を示すものなのかを考える必要がある。日本国内の情勢に目を向ければ,雇用の非正規化が進み,生活保護受給世帯や貯蓄をもたない世帯が増加するなど,格差の拡大や貧困層の増大が深刻な課題となっている。これに伴い人々の将来に対する不安も高まっている。

 ではいったいどのような社会が人々を幸せにするのだろうか。経済成長が万能薬ではないとすれば,何が有効なのか。本特集ではこの点を明らかにするために,社会保障,労働,子育てといった多様な観点から幸福度について考察した論稿を集めた。以下,論者と執筆いただいた内容について簡単に紹介する。

 冒頭の武田晴人氏には,経済成長や経済発展として捉えられている変化が幸福度にどのような影響を与えてきたのか,両者はそもそもどうあるべきかを論じていただいた。次に内田由紀子氏には,幸福度を指標として活用し政治のあり方や社会制度を評価することの有効性についてまとめていただいた。三浦展氏からは,経済的格差の広がりが人々の購買行動にどのような影響を与えているのか,生協は今後どのような方針をとるべきかをご提案いただいた。続いて小塩隆士氏には,年金や医療保険等のセーフティ・ネットへの加入の有無と幸福との関係を分析いただいた。さらに白石小百合氏には,幸福度研究の知見を踏まえ,少子化社会への対応を女性のワーク・ライフ・バランスの観点から考察いただいた。最後に山縣宏寿氏には,生協で働く職員の仕事満足度が高まるのはどのような時か,を論じていただいた。他にもコラムとして,長年,協同組合で活動してこられた志波早苗氏に,生協活動を通じて育まれる幸せとは何か,についてご執筆いただいた。また当研究所の白水忠隆研究員には幸福度指標を用いて区政を進める荒川区の事例の報告を,鈴木岳研究員には19世紀末から20世紀にかけて著述された幸福論の系譜を整理してもらった。

 本特集が,幸福な社会を実現させるために協同組合に何ができるのか,生協はどうあるべきかを考えるきっかけになれば幸いである。

(中村 由香)

主な執筆者:武田晴人,内田由紀子,三浦 展,小塩隆士,白石小百合,山縣宏寿,志波早苗,白水忠隆,鈴木 岳

目次

巻頭言
アジアの村から「幸福」を考える(赤石和則)
特集 幸福について考える
経済発展と人々の幸福度(武田晴人)
幸福感研究と指標活用(内田由紀子)
現代の消費格差と今後の生協の課題(三浦 展)
セーフティ・ネットと私たちの幸せ(小塩隆士)
少子化社会におけるワーク・ライフ・バランスと幸福感(白石小百合)
生協で働く正規職員の仕事に対する満足と「嬉しさ」(山縣宏寿)
コラム1 生協に関わる「仕合せ」 ~実践で育まれる力 生協の役割はモノからコトへ~(志波早苗)
コラム2 荒川区民総幸福度~幸福度を区政の中心に据えて~(白水忠隆)
コラム3 3つの幸福論について(鈴木 岳)
時々再録
ライフコーポレーション・清水信次会長の遺言(白水忠隆)
海外情報
ICAアルメリア協同組合研究会議報告(鈴木 岳)
本誌特集を読んで(2016・9)
(倉貫浩一・本田英一)
新刊紹介
読売新聞教育部『大学入試改革』(眞田隆裕)
樋口恵子 著『サザエさんからいじわるばあさんへ』(鈴木 岳)
研究所日誌
公開研究会「地域ささえあいをどう形成するか」(東京11/24,大阪12/8)
第14回生協総研賞・助成事業の対象者を決定しました