生活協同組合研究 2016年10月号 Vol.489
特集:年金を考える─公的年金制度に対する公平感や不安をめぐって─
年金制度に対する人々の関心は高く,例えば2015年春から夏にかけて日本生協連と生協総合研究所が実施した全国組合員意識調査において,「心配な社会問題」について尋ねたところ,78.9%の回答者が「年金」を挙げ第一位となった。
現在,年金制度に対し最も多く聞かれる心配・不安は,制度破綻についてだろう。財政上の問題からその持続可能性が疑問視され,「早晩破綻する」「払った保険料に見合う給付が受け取れない」という不安は非常に多く見聞きする。2013年に日本生協連と生協総合研究所が行った社会保障に関する調査では,「年金はもらえないかもしれないので,年金保険料は納付したくない」という設問に「そう思う」「まあそう思う」と答えた人の割合が38.1%にのぼった。若年層ではより不安・不信が高く,20代に限るとその数値は56.8%に上昇する。
財政面の不安に加え,現在の年金制度には世代間での受給水準に対する不公平感,第3号被保険者にかかる問題や,加入する年金の種類によって課税制度が異なる不公平感といったものもある。不公平感は人々の信頼という要素から持続可能性を危うくするものであり,ある意味財政の問題よりも根が深い。その一方,年金制度の改善案について尋ねる設問では「わからない」との回答が若年層を中心に一定数おり,具体的問題点はあまり理解されず,漠然とした不安に苛まされていることも窺える。
そこで,今号では主に「年金制度の意味を考える」「現制度に生じている不公平感や格差を考える」「年金を知るための教育」といった視点から識者の論考をいただいた。
高齢者がどのようにして生活を成り立たせていけるかは社会問題である。現役引退後の生活に見通しが立たない社会では人々の不安が増大し,その秩序が保たれにくくなるだろう。一方で現在の年金制度が人口構成変動に弱い賦課方式であり,負担と給付に世代間格差が生じているのも事実である。また,今後は医療や介護にかかる費用が増加することが明白であり,公的年金を簡素化することで若者向けの政策費用やその他の社会保障費に充てることを望む声も多い。
浅羽氏の論考では,上述のような現在の年金制度が抱える問題を丁寧に解説いただいた。賦課方式によって世代間で生じる不公平感や不満は当然としつつも,年金とは世代間での扶養制度であり,必要不可欠な仕組みであることが説かれている。あらためて社会保障としての年金制度の重要性を考えさせられる。
山本氏には老後に介護が発生した際の生活イメージを摑むにあたって,有益な高齢者世帯の家計分析に関する論考をいただいた。リタイア後の年金生活への漠然とした不安を無くすには,収支計画とライフプランを立てることが重要である。山本氏の論考からは,年齢が上がるにつれ出費を少しずつ減らしていくとしても,介護という事象発生を考慮すると,家計はかなり苦しくなることがわかる。老後生活の心構えとして参考となる興味深い内容である。
年金制度は世代間の相互扶助ではあるが,社会保険料方式の場合は,人々は拠出の対価として受け取るものであるという意識も高く(実際には税金も投入されているのだが),「保険料」として納付しているため納付額と受給額での損得論や公平感について議論となりやすい。「得する年金のもらい方」といった特集が組まれた雑誌を目にするのも納得である。
そこで,年金格差に関する分析と不公平感が強いとされる女性の年金問題についても識者から寄稿をいただいた。
伊多波氏は「幸福度」という新たな尺度を用いた観点から,加入する年金制度の格差を検証されている。年金が国民の信頼の基に成り立つものであることに鑑みると,「幸福度」という制度への納得度や満足度にもつながる尺度での分析は,今までにない角度から光をあてるものである。
石崎氏の論考では,女性の年金にまつわる不公平な部分をわかりやすく説明いただくとともに,第3号被保険者改革の必要性を解説いただいた。折しも今月から短時間労働者に対する厚生年金保険と健康保険の適用拡大が始まったところである。氏の論考から現制度の抱える問題点が明瞭になる。
年金と教育について研究されている阿部氏からは,公的年金を若いうちから学ぶことの意義に関しての論考をいただいた。生命保険文化センターが平成22年に行った調査において,学生世代の50%超が公的年金の保険料および給付内容に対する評価を「わからない」と回答している。情報が溢れている時代だからこそ,それらを整理し自分の意見や問題意識を持ち,年金のあり方を考えていくことが必要だろう。社会に出る前に年金にかかわる教育をする重要性を説く氏の指摘は的を射ている。
金融サービス提供者,行政,個人,消費者団体等に向け提言や情報発信を行う消費者市民グループに所属されている坂本氏からは,「自分年金」にまつわる消費者の金融リテラシーについて報告いただいている。昨今はインターネット等で様々な金融情報が容易に得られるが,その一方で消費者のリテラシーは必ずしも高くはない。ここ数年,「公的年金はあてにならない」と金融機関のセールスに言われ,毎月分配型投信に代表されるリスク商品に十分な知識も無いまま手を出してしまいトラブルとなる事例が多発していることをニュース等でご存知の方も多いだろう。
当研究所の鈴木によるフランスの年金制度の概要紹介も加えた。
現在,いくつかの生協共済団体は組合員に対し「保障の見直し」をはじめとする学習機会を提供しているが,今後は年金問題や老後の生活設計について学習できる活動への期待がより一層高まると予想される。
よく「年金は難しい」と言われる。保険料納付開始から給付が始まるまでの期間が長い故に,そもそも負担と受益の対応がイメージしづらいことに加え,制度の改正が繰り返され内容が複雑になってきたこと,受給開始時期によって様々な経過的措置がとられていることも制度理解の難しさに繋がっている。今号をきっかけに多くの読者が年金に対する興味と理解,問題意識を持っていただけたら幸いである。
(齊藤真悟)
主な執筆者:浅羽隆史,山本克也,石崎 浩,伊多波良雄,阿部公一,坂本綾子,鈴木 岳
目次
- 巻頭言
- 消費者教育推進法施行から3年を迎えて(天野晴子)
- 特集 年金を考える─公的年金制度に対する公平感や不安をめぐって─
- 自己責任時代における世代間の支え合いの難しさ(浅羽隆史)
- 現行公的年金制度から見た生協組合員の老後生計費;予備的考察(山本克也)
- 変革を迫られる「女性と年金」──第3号被保険者の問題を中心として──(石崎 浩)
- 幸福感分析を用いた年金格差の実態(伊多波良雄)
- 高校における年金教育の在り方(阿部公一)
- コラム1 年金の不足感を,金融リテラシーの体得につなげるには(坂本綾子)
- コラム2 フランスの年金事情(鈴木 岳)
- 海外情報
- バスク協同組合視察報告(山崎由希子)
- 時々再録
- 熊本地震から半年(白水忠隆)
- 本誌特集を読んで(2016・8)
- (高田公喜・向井 忍)
- 新刊紹介
- 髙橋久仁子 著『「健康食品」ウソ・ホント「効能・効果」の科学的根拠を検証する』(岩佐 透)
- アジア生協協力基金のご案内
- 公開研究会 地域ささえあいをどう形成するか
- 研究所日誌