刊行物情報

生活協同組合研究 2016年1月号 Vol.480

特集 : ヒトを知る─脳科学が映す人間の姿

 新聞記者生活の最後の頃,もっとも関心があったのは「人間の行動変容」だった。人はどうしたら,行動を変えるのかということだ。例えば,環境問題。どうしたら,多くの人は地球環境によい行動を取るのだろうか?

 若いころは,きちんとした情報を紙面で提供すれば,多くの人は必要な行動を取るはずだと素直に思い込んでいた。しかし,どうもそうではないらしい。温暖化の影響で,将来,日本の少なからぬ地域が水没すると深刻な影響を指摘しても,家庭用エネルギーの消費量は,その年の天候の影響の方が大きく,環境教育の効果はあまりなかった。何が,人に行動を起こさせたり,止めさせたりするのかに関心を持ち,進化心理学や行動経済学の本を読み始めた。そして,人間は社会的経験や文化的教養を身に着け合理的にふるまう人という存在だけではなく,動物としてのヒトの側面を色濃く残していることを知った。

 事業にしろ社会活動にしろ,何かを行う際に,人間が物事をどう認識し,どういう基準で行動を選択するかを知っておくことは大切だ。検査機器の進歩で,人間の脳の活動について新しい知見が明らかにされつつある。本特集は,脳科学の最新の知見を踏まえつつ,選択や協力など様々な人間行動の源泉を考えることにある。

 佐倉氏には,脳科学の現状と急速に様々な分野に導入されつつある研究成果をどう受け止めるのかについて問題提起をしていただいた。植田氏は,事業活動の前提となる消費者ニーズの把握が何故難しいかということを説明し,ニューロマーケティング(脳神経マーケティング)の可能性に触れている。そのベースとなる脳の仕組み,働きを解説したのが,鮫島論考だ。その中で,進化的に古い脳の役割が指摘されている点が興味深い。平石氏と池田氏は,福島原発事故の風評被害の背景を探るため,調査や心理学実験を続けている。福島を応援しよう,というだけでは,人々の不安は解消されないばかりか,福島を強調することが逆効果につながることもあるという指摘は,風評被害と簡単に片づけてしまうほど物事は簡単ではないことを示している。研究は継続中で,その過程で生協との協力を進めていきたいという。文末の質問,アンケートで多くの読者に意見を寄せていただきたい。犬飼氏は,日本でもブームになった行動経済学の考え方を解説しながら,個人としての意思決定だけでなく,社会の中で人間はどうやって意思決定するのかを説明,その際に人間の認知能力には限界があることを指摘している。生協の活動には,人と人との協力が欠かせないのではないか。他人のことを思いやって,助け合い,協力するのは人間として当たり前と考えがちだが,三船論考を読むと,そう単純でもないことが分かる。

 植田論考の中に,「想定外の使い方」という表現が出てくる。供給者側の意図した使い方ではなく,消費者側の思いもかけない使い方で,製品,商品のイノベーションが起きるという。情報も同じではないかと考えている。本特集が,情報の「リードユーザ」の刺激になれば幸いである。

(白水忠隆)

主な執筆者:佐倉 統,植田一博,鮫島和行,平石 界,池田功毅,犬飼佳吾,三船恒裕

目次

巻頭言
一人ひとりの組合員の声を大切に(小方 泰)
特集 ヒトを知る─脳科学が映す人間の姿
人の行動を科学的に解明するということ(佐倉 統)
ニューロマーケティング──選択の認知脳科学(植田一博)
人の行動を決める古い脳と新しい脳(鮫島和行)
風評被害の心理学(平石 界・池田功毅)
行動経済学、その歴史と展開(犬飼佳吾)
ヒトの協力の謎を巡って(三船恒裕)
時々再録
ビッグデータ時代の栄養学(白水忠隆)
第2回地域課題研究会講演録
公益資本主義としての富国裕民(田中康夫)
本誌特集を読んで(2015・11)
(伊藤剛寛・並木静香)
新刊紹介
河原理子著『戦争と検閲 石川達三を読み直す』(大沢志佳子)
神野直彦著『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』(山崎由希子)
研究所日誌
生協総研賞 第10回表彰事業・講評
生協総合研究所「研究員講座」のご案内
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『全国生協組合員意識調査報告書詳細版』