生活協同組合研究 2014年2月号 Vol.457
特集:現代日本の住宅問題
日本の住宅政策は,収入があり,家族を持った個人に対し,住宅所有を強く奨励する持ち家促進の制度となっている。近年はこのようなライフコースをたどる世帯は減少を続け,雇用も不安定化しているため,住まいをめぐる問題が次々と明らかになってきた。だが,これまでのところ(2014年1月現在),政府はこの方針を転換する様子はなく,4月からの消費税増税を前に,住宅ローン減税の拡充や低所得層向け住宅確保給付金が準備されている。また,増税前の住宅購入や住宅ローン借り換えを促す広告が,巷にはあふれている。本特集では,このような現状に至った歴史的経緯や政策の問題点を検討する論文を集めた。
平山論文は戦後住宅政策の展開を概観し,現在の状況についてデータを用いて検証している。高度成長の時代が終わり,若年層の不安定(低所得)雇用が増加した。「家庭を持ち,家を所有する」というモデルコースがいまや標準的とは言えないこと,また,たとえ住宅を購入したとしても家計に占める住居費が大きくなりすぎ,それ以外に消費のできないレベルまで下がっていることなどが分かる。つまり,人びとの生活の基礎となる住まいの確保以前に,経済政策としての住宅政策さえ成功していないのである。このような政策が生み出される背景として,日本の従来の住宅政策には憲法25条で保障されている生存権としての居住権の考え方が欠落していることが,本間論文で掘り下げられている。
次の大西論文は,日本の「貧しい」住宅政策,特に低所得者向けの諸制度について,その概要と限界を検証する。そして,本間論文で言及されている居住権と共鳴するハウジングファーストの考え方に根付いた政策の必要性を訴える。続いて阪東論文は,持ち家促進政策の裏で積極的に取り組まれて来なかった日本の公営住宅について,その制度の歴史的変化,今後の課題や展望を提示している。財政的限界を抱えつつも,コミュニティの器としての公営住宅の可能性も,ここでは示唆されている。葛西論文では,いわゆるライフコースモデルから外れたひとり親世帯が(父親であろうと母親であろうと)すぐに直面するのは住まいの問題であることが論じられている。また,子育てや介護など,ケアと住宅をセットで提供されることが必要であるという。これらの点について,シェアハウスの例を挙げて示している。そして深田論文においては,平山論文でも指摘されている住宅ローンの問題について,実際の仕組みとリスクを具体的に説明している。「頭金なしで家が買える」,「低金利の今が住宅購入のチャンス」といった甘い言葉の裏に潜む危険性をよく理解できる。
最後に,東日本大震災による被災者の中でも,特に障がいを持った人の直面する問題や,北欧や日本のシニア向け集合住宅の事例,日本における勤労者住宅協会の経験と,現在も活動する全国住宅生協連合会を紹介するコラムを掲載した。本特集を通じて,人びとのあり方の多様性と,それを支えることのできるメニューを備えた住宅政策の必要性を読み取って頂けることと思う。
(山崎 由希子)
主な執筆者:平山洋介,本間義人,大西 連,阪東美智子,葛西リサ,深田晶恵,糟谷佐紀,上野勝代,岡本好廣,武山信一
目次
- 巻頭言
- 宅配事業と利用者の意識(蓮見音彦)
- 特集 現代日本の住宅問題
- 脱成長社会の住宅政策について(平山洋介)
- 理念なき住宅政策と居住格差のゆくえ(本間義人)
- 住宅政策の「貧困」がもたらす「新しい貧困」の形(大西 連)
- 住宅セーフティネットにおける公営住宅の役割(阪東美智子)
- ひとり親の住まいに求められるケアという機能(葛西リサ)
- 不動産業者主導の住宅ローンプランニングに潜む危険性(深田晶恵)
- コラム1 仮設住宅居住者のおかれている状況(糟谷佐紀)
- コラム2 プライバシーとコミュニケーションのある安心住宅(上野勝代)
- コラム3 80年代,90年代の住宅生協の監査で思ったこと(岡本好廣)
- 資料 良質,低廉住宅を供給している住宅生協(武山信一)
- 研究と調査
- 移動販売車のデータ分析から見えてきた高齢過疎マーケットの本質(上)(川崎正隆)
- 海外情報
- 英国・コープ銀行で何が起きていたのか?(藤井晴夫)
- 本誌特集を読んで(2013.12)
- (山本伸司,菊池宏之)
- 新刊紹介
- 小磯修二 著『地方が輝くために 創造と革新に向けての地域戦略15章』(小熊竹彦)
- 平山洋介/斎藤浩編『住まいを再生する 東北復興の政策・制度論』(山崎由希子)
- 生協総研賞第9回表彰事業受賞式・受賞者あいさつ
- 研究所日誌