刊行物情報

生活協同組合研究 2012年9月号 Vol.440

特集:震災後2年目の福島

 この夏,原発の再稼働の是非や,将来のエネルギー政策(電源比率)をめぐって,国民の間で関心の高まりがある。昨年(2011年)の原発事故から1年半を経過して,論議の焦点は,国全体の原発・エネルギー問題にシフトしてきている。だが,福島の事態は収束(終息)しておらず,事故後2年目を迎え,将来像や現実を見すえなければならなくなったことで,難しい状況も生まれている。

 福島の問題は放射能の問題であり,さらにそれに発する諸問題全体である。8月号特集で掲載した福島県生協連の熊谷純一会長の論考にある通り,県内にさまざまな分断がある。今夏の脱原発,エネルギーシフト,ノーモア・フクシマの主張の高まりは,あのような大災害を経験した後においてはごく自然のことである。ただその場合,現在進行中の福島の状況をどう考えるか。すでに終わったことなら,切り替えて二度と起こらないようにしようというのは当然であるが,当地では避難生活が続いており,帰還するか移住するかといった選択が人々を悩ませ,若年者の流出が続き,産業や,自治体そのものの再建の見通しにも不安が残る。そもそも当の原発自体,安定した状態に至っていない。そのような中で福島では迷いながら地域や生活の立て直しに向けて尽力しており,熊谷会長が紹介するように,県内の生協もそこにかかわっていこうとしている。放射能への忌避感・警戒心がつのる中から脱原発の声が高じるのは当然とは言え,それが福島自身の悩みや歩みを等閑視するものであっては,本と末を転倒してしまう恐れがないとは言えないだろう。

 農業再建という課題については,逆の面もある。福島内外を問わず,消費者の同県産農産物に対する支援したい気持ちと,ためらいや不安が混ざった複合的な受け止めの解消は簡単でない。そこでは,過敏な一部の消費者の不安から大きな風評被害が生まれているとし,放射能を過度に怖がるのをよそうという論が導かれる場合がある。たしかに福島の農業・漁業の復興を考えた場合,原発事故による放射性物質拡散の影響が長く深刻に継続していることをことさらに言い立てるべきでないということは,一方では正論として言える。折しも,夏場は,福島の野菜や果物がピークを迎える。福島農業の復興のさまたげになるような放射性物質への過度の回避を恐れる論が出ているのは当然である。ただ,それは福島の農業者自身が発する正直な悲鳴である場合もあれば,必ずしもそうでなく,福島県内の農業者や流通事業者の中の色々な意見や,消費者と相互理解を深めようとする努力の内容を十分くみとったものでない場合もある。

 脱原発にせよ,農業復興にせよ,福島の人たち自身の歩みや,不安・分裂とのたたかいを理解し,そこに連帯することから始めるべきではないか。そうでない場合,福島を奇貨として,主張を繰り広げているような,なにか腑に落ちない感じを抱くのは編者だけではないだろう。今,我々は福島を中心においた新たな連帯のあり方をつくっていく責務を負ったと言えないだろうか。

 本誌8月号特集では,「震災2年目―協同と葛藤」と題し,オムニバス的に,震災後の復興への努力や逡巡の諸相を伝えた。今回特集はその姉妹篇として,「福島」に特化して組み立てている。もとより全面的な福島論を組み立てることは容易でなく,また今はその時期でもないが,現時点で見えるいくつかの論点を探った。

 冒頭論文で,福島県生協連理事でもある福島大学・清水修二教授(地域経済論)は,放射能汚染地域の復興に向けた大きな困難を見据えている。四半世紀前のチェルノブイリ原発事故以後のウクライナ・ベラルーシ両国の歩みを参照しつつ,福島の再建に向けて必要な視点や,重く横たわる課題について論じている。福島などの地方に原発を置き,放射性廃棄物も地方に任せ,電力だけを享受してきた国民全体が,福島の復興を担わなければならないとしている。話の続きは,来月,10月6日に開催する当研究所主催の「全国研究集会」の講演と質疑の中でお伺いしたいと考えている。

 第2論文では,NPO法人「エコロジー・アーキスケープ」理事長を務める日本大学・糸長浩司教授(地域計画論)が,震災直後から有志で立ち上げた「飯舘村後方支援」の活動経過を振り返っている。教授らのチームは,20年間,飯舘村の地域づくりにかかわってきた経験をもつ。震災後の同村からの避難者について,避難先での不安や葛藤を理解しつつ,すぐ帰還するだけでなく,長期的な帰還までの道筋を描かれている。地理的な概念である「帰還」より,生活や精神面の安定を含めた実質的な「回復」を重視する見地から,政策課題を問うている。

 第3論文は,福島大学で,うつくしまふくしま未来支援センター(FURE)の産業復興支援担当マネージャーを務める小山良太准教授(農業経済学)による。小山准教授は,2010年に設立された「地産地消運動促進ふくしま協同組合協議会」(地産地消ふくしまネット)にかかわってきた。そのモデルを,震災後の放射能問題の中で,構築し直そうと尽力されている。福島の桃を贈ろう! を掲げる「福島応援隊」の取り組みや,現在(2012年8月時点),スキームを準備中のJA新ふくしまの管内の汚染マップづくりに向けた協同組合間協同について紹介し,安全検査・安全確認に消費者自身がかかわっていく仕組みの構築に向けて具体的な提案をしている。協同組合の協同による汚染マップづくりについては,追って本誌でも紹介していきたい。

 第4論文は,当研究所の鈴木岳研究員(交通・住宅論)による。本誌6月号に掲載した岩手(盛岡・釜石)の雇用動向ルポの続篇である。政府や自治体発表に加えて,ハローワーク資料や,『福島民報』,『福島民友』,『政経東北』などの一次資料から,福島の雇用情勢や,そこから透けて見える経済社会の実情をあぶりだしている。政府予算に大きく依存する雇用・求人数という事実,また,廃炉を目指す局面でもなお,依然として原発の大きな潜在的な雇用創出力が見える。それが厳然とした,福島の経済の一側面であるということである。

(担当,研究員・林薫平)

主な執筆者:清水修二,糸長浩司,小山良太,鈴木 岳

目次

巻頭言
原発事故から学んだことを忘れてはならない(蓮見音彦)
特集 震災後2年目の福島
原子力被災地ふくしま復興の課題(清水修二)
震災後2年目の飯舘村の状況と,今後の地域再建に向けた課題
──飯舘村後方支援の経験と地域計画論からの考察──(糸長浩司)
原子力災害と協同組合──福島県における協同組合間協同による放射能汚染対策──(小山良太)
大震災後の福島県内の雇用と生活をめぐって(鈴木 岳)
支援活動から見えてきたもの①
被災地で真の自立を目指す,ソーシャルニットワークプロジェクト(奥谷京子)
日本生協の国際協力の歩みVol.5
協同組合研究の国際協力と日本の生協(栗本 昭)
残しておきたい協同のことば 第18回
ヴァイノ・タンネル(鈴木 岳)
本誌特集を読んで
新刊紹介
ジェフリー・サックス著『世界を救う処方箋:「共感の経済学」が未来を創る』(栗本 昭)
研究所日誌