生活協同組合研究 2012年6月号 Vol.437
特集:続・震災1年―くらしとまちの再建へ
先の4月号の特集は,震災後1年を経過した宮城県と岩手県を中心に,土地の再生,くらしとまちの再生の動向にフォーカスして組み立てた。本号特集はその続編である。今後,土地や町や雇用がどのように再生していけるのか,生活や生業が保障され,高齢者でも誰でも安心してくらせる環境,そして子どもたちがのびのび育つことができる環境は,どのようにつくっていけるのか。前回に引き続き,オムニバス的に論点を素描している。後でふれるように,福島県について,佐藤彰彦氏の論稿を加えている。
冒頭論文で,宮城大学の風見正三教授は,「地域主体」の,「地域主義」に立った復興への論点をいくつか提起されている。その際,「まち」と「くらし」を結ぶ「コミュニティ」を基軸におき,風景や文化を含めた地域資源をどのように活用するか,住民たちの話し合いの中から復興計画を立案した宮城県南三陸町のケースに注目されている。地域資源の活用を重視する意味では,環境の形成・創造も大きなテーマである。同論文で併せて紹介されている湿地の環境保全の事例がある。これは,「アグリ・コミュニティビジネス」とも表現されており,国の「緑の分権改革」にも則っている。今後,「緑」や「分権(地域主権)」の視点をどのように生かし,復興の推進力としていくかが肝要である。
南三陸町では,みやぎ生協が主催する「こ~ぷの森」の植林祭がこの5月中旬に開催され,編者も参加した。生協からの主催者挨拶でも述べられたことであったが,これからの町の再建に末永く寄り添っていく姿勢の象徴としての植樹である。持続的な環境,森林・里山をつくり,海(里海)を守り育て,生き物の多様性を維持していく。そのことが,復興に向かう東北地方経済の新生にも結び付いていく関係が理想である。関連して,今月に発行される『まちと暮らし研究』15号(財団法人地域生活研究所)に小論「里山・里海と協同組合」を寄せているので参看を願う。
何度か被災地に入って商業の状況を調査されている大阪市立大学の加藤司教授からは,地域商業論の視点から第2論文を寄稿していただいた。地域の食のブランディングによる地場産業復興への道を描かれている。生協やその他の流通小売業が,消費者の被災地支援の志向をうまく汲み取り,事業に結び付けていけるかが鍵である。ただしそこでは放射性物質の難題は根が深い。また,同論文では,なかなか再開が難しい小規模の商店と,旺盛に新規出店さえしている全国チェーンの力量の開きは大きく,震災後1年の今,商業調整の新たな問題が生まれていることも示唆されている。
福島については,本特集で,福島大学の「うつくしまふくしま未来支援センター」で特任助教を務めている一橋大学大学院の佐藤彰彦氏に寄稿をお願いした。原発事故後の避難区域にかかわる地域では,国や県と自治体の間や,住民と自治体の間,さらに,避難先の自治体や住民たちとの間で様々な齟齬や困難が生まれる。その中で,飯舘村の女性農業者たちが,避難先の福島市で活動を始めた事例が報告されている。そうした住民たちの注目すべき活動と,そのうえでなお直面せざるを得ない矛盾から,佐藤氏は,被災地復興・被災地支援の政策をつくるときに欠かせない現場の住民生活からの視点を抽出されている。
福島県の復興は,佐藤氏が述べられている現場からの提言内容ともかかわり,他県と大きく異なる現状にある。原発事故による放射性物質の拡散の影響が強く残る避難区域のことや,避難区域外でも,生活空間や農地の放射線量の高い地域が広がっていることがある。そうした地域では,子どもたちが屋外で遊ぶことを控えなければならない。屋外に出ることが強く制限される環境のもと,子どもたちへの精神面と身体面の影響が強く懸念される事態になっている。県内農業をめぐる厳しい分断状況もある。当研究所では今後,福島県生協連や,福島大学うつくしまふくしま未来支援センターの取り組みとも可能な限り連携し,全国の会員での討議につなげていきたい。
今回の特集の後段では,岩手県の釜石市に着目し,「信用生協」が設置した相談センターの取り組みや,雇用の状況を報告している(松本研究員論文,鈴木研究員論文)。三陸沿岸部に立地する諸市町の津波被害はいずれも圧倒的であり,生活や仕事の復旧への道のりは長い。信用生協では震災直後から県やNPOや弁護士会など諸団体と連携して生活相談やセーフティネット貸付を粘り強く実施してきている。なお,みやぎ生協でも,信用生協の事例から学び,宮城県内での生活相談・貸付事業の可能性の検討を始めている。鈴木論文では,『復興釜石新聞』や,職安等での取材から,当地の雇用情勢や賃金水準を伝えている。
なお,本号では,「4月号特集を読んで」の会員交流欄を,特集ページの直後に配置したので併せてご覧いただきたい。川口短期大学の井上清美准教授からは,震災後の子ども支援(東日本大震災子ども支援ネットワーク,山田町ゾンタハウス)や,子育て支援(みやぎ生協,ベビースマイル石巻)の活動についての4月号論稿を中心に感想をご寄稿いただいている。今後,福島県生協連が日本ユニセフ協会と協同で実施している「子ども保養プロジェクト」なども含め,生協らしい取り組みに注目していきたい。
井上氏が感想の中で指摘されていることも通じるが,震災後,地域を再建していくさまざまな取り組みを学び,支援していく中から,私たちは何を汲み取り,どのように,それぞれの場所での活動に結び付けられるだろうか。今回の特集の後に,金子事務局長論文「地域社会づくりと生協」を掲載している。防災,高齢者福祉,セーフティネット貸付など,今日的に現れている地域社会の重要テーマに対し,生協も,自治体や社会福祉協議会や日本ユニセフ協会との連携によって積極的に取り組んでいくべしと提言している。本特集との関係で是非ご一読いただきたい。
(林薫平)
主な執筆者:風見正三,加藤 司,佐藤彰彦,松本 進,鈴木 岳
目次
- 巻頭言
- 災害と男女共同参画統計(天野晴子)
- 特集 続・震災1年─まちとくらしの再建へ
- 地域主体の創造的復興を目指して──社会的共通資本としてのコミュニティの再興──(風見正三)
- 震災からの復興と地域ブランド(加藤 司)
- 人びとの営みの中にこそ潜む政策的インプリケーション(佐藤彰彦)
- 東日本大震災における岩手県・消費者信用生協の取り組み──釜石相談センター訪問レポート──(松本 進)
- 東日本大震災以後の被災地での雇用をめぐる状況について──岩手県ならびに釜石周辺を中心に──(鈴木 岳)
- 本誌特集を読んで
- シリーズ・現代社会と生協──国際協同組合年に向けて(9)
- 地域社会づくりと生協(金子隆之)
- 日本生協の国際協力の歩みVol.2
- 共済生協の国際協力──全労済のケース──(高野 智)
- 残しておきたい協同のことば 第15回
- エミー・フロイントリッヒ(鈴木 岳)
- 研究所日誌