刊行物情報

生活協同組合研究 2011年9月号 Vol.428

特集:経済危機と震災からの復興における協同組合の可能性

 2008年のリーマンショックを契機とする「100年に一度」の金融・経済危機はますます深化し,アメリカやヨーロッパの財政危機や通貨危機,新興国のバブルの形成となって世界経済の不安定性を高めている。それと前後して生起した食料・エネルギーの高騰は世界の人々のくらしを脅かし,とりわけ発展途上国の人々には壊滅的な打撃を与えたが,現在も需給のひっ迫と投機資金の操作による価格高騰のリスクが高まっている。

 この世界経済危機のなかで最も落ち込みの激しかった日本を襲ったのが3月11日の「1000年に一度」の大震災・大津波であり,またチェルノブイリと並んで人類史上最悪と言われる原発事故であった。日本は金融・財政システムから地方制度,産業,雇用,食料,エネルギー,環境,福祉などにかかわる広範な社会経済システムの転換を迫られている。

 生協総研は2009年6月から当研究所主催「経済危機とくらし」研究会(神野直彦氏,大沢真理氏が共同座長)を組織し,2008年以来の金融・経済危機に対して,どのような経済社会システムが構築されうるのか,またそれは消費者の立場からみてどのようなものになるべきか,協同組合はそれらに対して何らかの貢献ができるのかどうかという点について検討を進めてきた。その成果は生協総研レポート63号(2010年3月)に掲載されている。さらに,今回の東日本大震災は,金融・経済危機を悪化させる影響を与えているが,本特集は委員を中心に研究会で得られた知見と震災後の新たな展開を踏まえて,生活者を起点として考えるべきテーマを検討していただいた。

 神野直彦氏は経済危機と自然災害によってもたらされた危機という二重の危機のなかで人間の「くらし」が脅かされているなかで,新自由主義の財政政策がくらしの危機を深刻化させていると分析して,所得税と消費税を車の両輪とする租税制度を確立し,生活保障と参加保障で国民の「くらし」に責任を果たす財政を築かなければならないと提唱している。

 大沢真理氏は金融経済危機と未曽有の自然災害が社会的脆弱性のゆえに被害を拡大したことを指摘し,日本の「生活保障システム」が最も強固な「男性稼ぎ主」型であることを国際比較から分析し,また日本の経済と財政がショックに脆もろいことを明らかにし,危機にもタフな経済・社会システム,国土形成のあり方を提起している。

 アンドリュー・デウィット氏は米オバマ政権下でのグリーン・ニューディール政策を例にとりながら,その推進を阻む政治経済的な状況を鋭く分析している。

 重頭ユカリ氏は世界金融危機によって多くの金融機関が深刻な打撃を受ける一方,協同組合銀行への影響は相対的に軽微であったことから,協同組合銀行への注目度が上昇するという現象をトレースし,金融システムにおいて協同組合銀行が存在する意義について考察している。

 山口浩平は東日本大震災への協同組合の対応について,被災後の生協の緊急支援の取り組みを紹介し,今後のくらしとコミュニティの再建の課題を提起している。

 世界の金融・経済危機の行方はまだ見通すことはできず,大震災後のくらしの再建は長期の過程となることが想定されることから,本特集のテーマは今後も繰り返し取り上げることになろう。

(栗本昭)

主な執筆者:神野直彦,大沢真理,アンドリュー・デウィット,重頭ユカリ,山口浩平

目次

巻頭言
賃貸借契約における更新料特約の効力──実質賃料額の明確化の必要性──(松本恒雄)
特集 経済危機と震災からの復興における協同組合の可能性
危機と「くらし」への財政学的アプローチ(神野直彦)
生活保障システムと経済・社会の危機(大沢真理)
低コストで持続可能な経済社会への政治経済(アンドリュー・デウィット)
金融危機における協同組合銀行(重頭ユカリ)
大規模自然災害と日本の生協──「危機につよい」地域づくりへの貢献──(山口浩平)
震災と復興を考える(第5回)
大震災と食料貿易の今後(大島一二)
シリーズ・現代社会と生協──国際協同組合年に向けて(5)
食品の安全と生協の取り組み(鬼武一夫)
海外のくらしと協同No.26
韓国における生協法に基づいた全国連合会結成を巡る現況(金 亨美)
残しておきたい協同のことば 第6回
G. J. ホリヨーク(鈴木 岳)
私の愛蔵書
『Game Plans for Success』(藤井晴夫)
本誌特集を読んで
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