生協総研賞

生協総研賞・第14回表彰事業受賞式 開催概要

日 時:
2023年12月1日(金)16:00~17:35
会 場:
主婦会館プラザエフ5階会議室(オンライン併用開催)
参加者:
45名

 今回で14回目となる生協総研賞表彰事業の受賞式をプラザエフ 5 階会議室ならびにオンライン配信の併用で開催した。会場での実参加は受賞者・出版社担当・選考委員に加え、前回の第13回表彰事業受賞式ではコロナ禍により迎えることのできなかった一般の来場者にも4年ぶりにおいで頂いた。受賞式はまず、選考委員長である宮本みち子先生による開会挨拶と受賞作品に対する講評の後、3名の選考委員から講評が述べられ、続いて受賞者へ表彰状と副賞目録、出版担当者への表彰状の授与が行われた。その後、受賞者・出版担当者各氏よりスピーチを頂き、最後に選考副委員長の岩田三代先生による講評と挨拶で会を閉じた。前回(第13回)の受賞式は新型コロナ感染症の影響で懇親会の開催は見送られたが、今回4年ぶりに懇親会の開催がかない、総研賞らしく、参加者の間で交流を深めることができた。

研究賞

陳天璽『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』
光文社(2022年6月)

特別賞

篠原匡『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』
朝日新聞出版(2022年6月)

選考委員講評

■選考委員長 宮本みち子

 今回も多数の応募書籍が寄せられましたが、選考の結果、研究賞1件、特別賞1件を決定しました。今年度の応募書籍は様々な社会課題をテーマとするものが多く、国内外の取り組みを紹介する書籍が多かったと思います。選考する立場としても、生協総研賞の選考を機会に、多種類の興味深い多くの書籍に出会い、視野が広がり目を開かれる思いがしております。

 研究賞は陳天璽さんの『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』です。本書は、グローバル化が進み、国境を超える人の移動が増えるなか、個人の国籍やアイデンティティがますます複雑化している実態を、豊富な具体例を通して明らかにしていて、はっとさせられます。著者は、個人を国籍で規定しようとする現行の制度には無理があることを明らかにし、その現実を読者に気づかせようとしています。さまざまな等身大の人々の経験を通し、もはや、そうした制度や慣習では説明がつかないこと、また、そうした既成概念によって多くの人が苦悩、迷惑していることを伝えようとしているのです。日本人の多くは、「国籍唯一の原則」を信じ、国籍でその人を「〇〇人」と認識、規定しようとする傾向が強い国民です。世界的に見ても日本は本書の現実に一番遠い国のひとつでしょう。しかし、日本も急速に変化しています。著者がいうように、これまで気に留められてこなかった無国籍や複数国籍が、日本においてもいつ自分や子や孫、友人に発生するかもしれない時代に生きていることを、私たちはもっと自覚する必要があることを気づかせてくれる優れた書籍です。

 特別賞は篠原匡さんの『誰も断らないこちら神奈川県座間市生活援護課』です。

 本書は、神奈川県座間市生活援護課がどのようにしてこの生活困窮者支援の理念の実現に向けて取り組んできたのかを各方面の取材を通して描いています。生活困窮者支援制度は、生活保護制度の限界を突破する画期的な制度としてスタートしましたが、理念を実現するためには行政、地域、市民など広い範囲で大きな変革が必要でした。篠原氏は時間をかけ、現場を丁寧に取材することを通してこの制度の本質を理解したことによって、座間市のすぐれた取り組みの全体像を描くことに成功しています。生活困窮者支援制度の理念である「誰も断らない」支援は、行政だけでは不可能です。地域に多様なサービス資源を生みだし、それらが行政と密接に連携しながら協働するなかではじめて効果をあげることができることがわかります。生活援護課の課長がすぐれた感性と熱意と実行力をもって地域に出向き、地域資源を点から面へと広げていった経緯が具体的に示されています。共生社会を実現する道筋を知り、そこに参加しようという意欲を喚起してくれる書籍です。

■選考副委員長 岩田三代

 今回は研究賞に陳天璽さんの『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』、特別賞に篠原匡さんの『誰も断らないこちら神奈川県座間市生活援護課』を選ばせていただいた。この2冊はすべての審査員が高評価を下した文句なしの受賞である。

 まず陳さんの『無国籍と複数国籍』。著者は無国籍の華僑として暮らす両親のもとで生まれ、自らも無国籍のまま日本で暮らしてきた。そこには日本と中華民国の断交という歴史的出来事がある。そうした生い立ちから国籍に関心を持ち一貫してこの問題に取り組んでいる。

 国籍問題は近年、日本でも少しずつ注目されている。親が不法滞在で出生届を出せず無国籍のままでいる子の増加、国際結婚で複数国籍を持つ子が日本では20歳でいずれかの国籍を選ばなければならない──などの報道に接する機会も増えた。

 しかし本書を読むと、私たちが考えている以上に国籍の裏には多様で複雑な問題があるのがわかる。著者はさまざまな事情で無国籍や複数国籍になった当事者にインタビューし、その背景や困難を聞きだしている。子どもの認知届が出せないと悩む無国籍のベトナム難民2世、苦労の末に日本国籍を取得したロヒンギャの女性など。一方でカナダ在住の日本人女性の息子は、生まれながらに三重国籍だ。国民国家に立ち向かったカナダ原住民など興味深いエピソードも紹介されており、どのようにして国籍が社会に定着していったのかも理解できる。

 実は本書については研究賞ではなく特別賞がふさわしいのではないかとの意見もあった。新書判でわかりやすく書かれており、研究書というより啓蒙書ともとれる。しかし、その裏にあるのは地道な研究の積み重ねだ。著者は国家が人の生き方や往来を国の枠組みでくくることへの疑問も呈している。グローバル化が進展すると二重、三重国籍の子が出現する。その中で1人1国籍を強いる日本のあり方は適切なのか。問題提起も含め、無国籍、複数国籍が抱える問題を広く知らせる意味は大きい。

 特別賞の篠原さんの『誰も断らない』は、神奈川県座間市生活援護課にフォーカスしたルポルタージュだ。元記者の手になるだけあって非常に読みやすい。格差社会と言われ、家族や地域の絆が弱まる中で、社会からこぼれ落ち生活に困窮する人は増えている。その人たちにどう手を差し伸べればいいか。座間市生活援護課は外部のNPOや団体、生活クラブ生協、専門家などと手を組み、福祉の狭間でもがく人、多様な理由で生活が破綻した人、精神疾患や障がいで社会に適応できない人に手を差し伸べる。たとえ市外在住者であっても助けを求めてきた人には真摯に対応する。そんな活動を多角的かつ具体的に捉え、人間に焦点を当てて伝えている。

 どんな人がどんな困難に直面しているか、具体例で紹介することで現代社会の一断面が見えてくる。奮闘する職員やチーム座間のメンバーの熱い思いが胸を打つ。困難な取り組みではあるが、重要性が増す包括的支援を考える上で、他の自治体の参考になることを期待したい。

■選考委員 麻生 幸

 今回選考された研究賞と特別賞は共通した問題提起がなされている。それは両賞の作品が共に、守られるべき個人の人権が制度の網の目から漏れ落ちているという指摘になっていることである。

 研究賞陳天壐氏『無国籍と複数国籍』は、著者が「個人を一つの国籍で規定しようとする現行の制度には無理がある」と要約しているとおり、制度の狭間に無国籍や複数国籍が発生しているという現実を、自らの来歴をも披瀝しつつ研究したものである。国家に属する個人を示すものが国籍であれば、国家は歴史とともに移ろい行くものであり、また個人は国家を超えて移動することが日常となっている世界で個人の国籍もまた極めて不安定な存在となり、無国籍や複数国籍が生じていることが赤裸々に記述されている。

 世界にまれな歴史を持つ日本人は、律令制に起源をもつ戸を受け入れ、誕生とともに戸籍すなわち日本国籍に組み込まれる。そのような制度が国際結婚や海外移住の実態とそぐわない齟齬をきたしていることを、著者は警鐘をならしている。最後にこれは望蜀というべきことではあるが、本書は研究書としての完成度にはやや不満を覚える。国家と個人に焦点を当てたより深い研究に期待したい。

 特別賞篠原匡氏『誰も断らない』は、神奈川県座間市生活援護課が、生活困窮者に徹底した支援を行ってきた実践の記録である。言うまでもなく、日本は憲法によって「国民は健康で文化的生活を営む」ことが人権として認められ、生活保護制度等によって保障されている。しかし、生活者の困窮は多様であり、日々変化する。そのような実態に、支援の窓口である行政等がきめ細かく対応することは難しい。ともすれば、現行制度ではこれまでと突き放してしまうことをしばしば目にする。

 こうした現状を突破し、生活困窮者にどこまでも寄り添っていく座間市の実践は貴重であり、制度から漏れた人々への救いである。日本中の自治体に望む啓蒙書として、多くの読者を得たい著作である。

■選考委員 遠藤公嗣

 陳天璽『無国籍と複数国籍』は、無国籍や複数国籍である人々の人生を入念にたどることによって、国籍のあり方の多様さと、それが人々の人生に与える影響の大きさを、見事に描き出した秀作である。それらは、私がわずかに知る事情より遙かに大きいものであって、本書は私たちに大きな課題を提起している。本書は新書判であり、研究賞とするか特別賞とするかに選考委員間で議論があったが、私は研究賞に値すると判断した。研究すべき重大な課題の存在を本書は明示したからである。私の希望は、著者自身が、この研究課題を学術的に分析し考察する著書を完成し、それを世に問うことである。そのためには、欧米での先行研究成果を参照し考察することは有効であろうし、また、学術的な分析と考察の手始めは、事例の「理論的分類」であろうと思う。完成書は、日本語ばかりでなく英語での公刊も考慮してほしい。

 篠原匡『誰も断らない』は、神奈川県座間市が取り組む生活困窮者自立支援の諸側面について、ジャーナリストである著者による現場レポートである。支援する側の多くの人々の動きと考え方を中心に、支援される側の人々のそれらも加えて、緻密に観察し明快に描写している。現場レポートとして、出色レベルの完成度と私は思う。描かれた座間市の支援のあり方は先進事例と評価してよいだろう。また先進事例となったことには、多数の有能な人材のみならず、その調整役にも恵まれたことや、おそらく市財政が窮屈でないであろうことなど、座間市特有の有利な条件があったことも考慮してよい。しかし、生活困窮者自立支援をどう展開すべきかについて、今なお戸惑いがあり、支援のあり方を模索する全国の地方自治体にとって、考えるべきいくつかのきわめて有益なヒントを、本書は提供している。

■選考委員 戒能民江

 陳天璽さん『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』は、グローバル化が標榜される一方で、相変わらず、「国籍イコール何人」という固定観念に縛られて、個人のアイデンティティを決めつけようとする日本社会のありようを痛烈に批判する著書である。まず、プロローグに記された、「祖国」だと思っていたところから追い返され、日本への入国も拒否された事実に圧倒される。この若き日の「悔しい経験」から、陳さんは、無国籍者支援と一体化した無国籍者研究を続けてきた。

 本書では、身近な隣人であるかもしれない人びとの無国籍や複数国籍、国籍のはく奪などのリアリティを、その人びとによりそいながら示すとともに、ロヒンギャなどの紛争が生み出した無国籍問題にも気づかせてくれる。

 本書は、国籍についての私たちの認識を狭い視野から一気に解放するだけではなく、国家を超えた生き方や人とのつながりの自由な発想を与えてくれる意味でも魅力的である。近い将来、四半世紀にわたる貴重な研究の成果を学術書として世に問うことを期待したい。

 篠原匡さんの『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』は、ジャーナリストの手による自治体のユニークな困窮者自立支援の実践に密着したルポルタージュである。「断らない相談」は誰一人として制度の谷間に置きざりにしないようにという、生活困窮者支援の基本姿勢を表す考え方であるが、自治体の言葉通りの実践を活写しており、読み応えがある。支援を受ける側だけではなく、支援する側のヒューマンヒストリーをも描くことで、なぜこのような取組みが可能となったかを解き明かしている。地域のNPOの力を借りた自立支援が「地域を耕す」という発想から生まれていることや、人びとの困りごとを聞き出す難しさなども拾い上げており、支援に関わる人びとに刺激を与える。ただ、支援を受ける側も支援者側も女性の登場が少ないことが残念である。