刊行物

生活協同組合研究 2026年10月号 Vol.609

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労働における「能力主義」を解きほぐす

 近年、日本の労働政策において「能力」や「スキル」を重視する傾向がみられる。「リ・スキリング」や「学び直し」の促進、職務給の導入をめぐる議論は、その一端である。こうした議論の背景には、働き方の多様化や人手不足への対応に加え、長期雇用や年功的処遇を基調とする従来の雇用慣行を見直し、職務に必要な能力やスキルを明確にし、それらを評価や処遇に反映する雇用システムへの転換を図ろうとする政策意図がある。

 能力にもとづいて労働者を評価し、その評価を処遇に反映することは、雇用システムの客観性、透明性、公平性を高めるとともに、生産性の向上につながるものとして期待されている。一方で、どのような能力を評価の対象とするのかは自明ではない。目に見えやすい能力や数値化しやすい成果が評価の対象となりやすい一方で、周囲への支援や調整、ケアといった営みは、組織の維持や発展に不可欠であるにもかかわらず、その価値が見えづらい場合も少なくない。能力評価をめぐっては、何を評価することが適切なのか、評価の枠組みからこぼれ落ちているものがないかを問う視点も求められる。

 とりわけ生協をはじめとする協同組合にとって、「協同」という理念と能力主義の関係は重要な論点である。個人の成果や競争を重視する考え方と、人と人との協力や支え合いを重視する考え方を、どのように両立させることができるのか。この問いは、協同組合における働き方や組織運営のあり方を考えるうえで欠かせない。

 このような背景をふまえて、本特集では、労働者に対する評価指標として能力やスキルが重視されるようになった歴史的経緯をたどりつつ、能力を評価し、それを処遇に反映することの難しさについて掘り下げたいと考えた。計6名の論者に論稿をご執筆いただいたほか、2020年に人事制度改革を行い、仕事の成果や職員の成長度を処遇に反映する仕組みを導入した生活協同組合コープやまぐちへの取材稿も収録した。

 職務に必要な能力やスキルを評価するという考え方は分かりやすいが、実際にどのような能力を評価するのかを定めることは決して容易ではない。ある能力を高く評価することで、他の重要な能力の価値が見落とされてしまうことはないだろうか。また、能力や成果を重視するのであれば、それを育む責任を労働者個人の努力だけに委ねず、職場や社会がどのように支えていくのかという視点も重要である。本特集が、人々の多様な能力をどのように捉え、生かし、支えていくのかという問いについて考える契機となれば幸いである。

(中村 由香)

主な執筆者:濱口桂一郎、勅使川原真衣、竹端 寛、金井 郁、松永伸太朗、栗田隆子、原岡辰也、中村由香

目次

●巻頭言
GIVE,GIVE,さらにGIVE──協同・連帯を創るためのレッスン──(伊丹謙太郎)
●特集 労働における「能力主義」を解きほぐす
能力主義とは何か?(濱口桂一郎)
「能力」よりもこれからの職場に不可欠なまなざし──可謬性としての愛──(勅使川原真衣)
モヤモヤ対話や組織内ダイアローグを通じたケアしあう協同組合へ(竹端 寛)
能力主義とジェンダー──社会公正の追求と労働者間の連帯を考える──(金井 郁)
雇われない働き方における能力主義に自営業者・フリーランサーはどのように向き合っているのか(松永伸太朗)
コラム1 能力とは誰が,どう決めるのか(栗田隆子)
コラム2 コープやまぐちの人事制度改革(原岡辰也(聞き手:中村由香))
●本誌特集を読んで(2026・8)
(小熊竹彦・當具伸一)
●図書紹介
蔭木達也著『高群逸枝「共存の愛」の思想─民衆哲学から女性史へ─』(原田玄機)
●研究所日誌
●公開研究会(オンライン開催)「市民による寄付の広がりとその意義─寄付がつなぐもの・つくるもの─」(10/13)
●第35回全国研究集会(2026年11月12日)のご案内
●アジア生協協力基金2027年度・助成金一般公募のご案内