刊行物
生活協同組合研究 2024年11月号 Vol.586
キャッシュレス決済の主流化と私たちの生活
経済産業省によると、日本におけるキャッシュレス決済の比率は2023年には39.3%(126.7兆円)に上り、賃金のデジタル払いも認められるようになった*。また特定の行政サービスに対する窓口での支払い方法をキャッシュレス決済にのみ限定する自治体も出てきており、今後キャッシュレス決済が私たちの生活に与える影響は増すことが予想される。そこで本号では、決済方法の歴史的変遷や行政窓口でのキャッシュレス決済導入の動向、利用にあたり留意すべきポイント(個人情報、決済方法の種別とトラブル、障害を持つ人へ必要な配慮)、海外の動向について解説する原稿を集めた。
まず鎮目論稿では日本における決済の媒介や方法の歴史的な変遷を概観、近年政府の推進するキャッシュレス決済の意義を検討している。本稿によればキャッシュレス決済は、現金とは異なる決済方法の選択肢や価値(ポイント還元等)を提供し利便性を高める一方、キャッシュレス決済にも(現金決済に対して課されている規制と同様に)決済の安全性や価値体系の安定性を維持することが重要である。
続いて松岡論稿は日常生活において重要な役割を果たす行政窓口におけるキャッシュレス決済の導入に関わる政策や現状、今後の見通しや課題について解説している。行政手続きに関わるキャッシュレス決済の利用は国が先行しており、取り扱う事務が国よりも多岐にわたる自治体では、キャッシュレス決済の導入の有無や利用可能な(キャッシュレス決済の)ブランドにも差がある。しかも手続きのオンライン化とキャッシュレス決済の導入は必ずしも一体的には推進されておらず、システムの改善も求められている。
そして金子論稿はキャッシュレス決済の増加に伴い懸念される個人情報保護の問題について、そのリスクと留意すべき点について論じている。個人を特定することが可能な情報(氏名、生年月日等)を扱う事業者には割賦販売法や資金決済法等の法律で(情報の)安全管理義務が定められているが、個人を特定しないとして収集された情報も技術の進歩によって個人を特定できるようになる可能性もある等、キャッシュレス決済を使用する側も、自身に関わる情報がこれらのルートを通じて収集されていることに意識を持つ必要があることが分かる。
山本論稿は現在政府が推進しているキャッシュレス決済について、具体的な種別を整理、トラブルの代表事例を紹介している。本稿を読むと、キャッシュレス決済とは言っても支払いのメディアやタイミングは実に様々であり、私たちにとって支払いに際し多くのメニューから選ぶことができる一方で、落とし穴も多数あることが示されている。
3本のコラムではキャッシュレス決済の推進に必要な配慮やキャッシュレス決済の先進国と言われる中国とオランダの現状について報告頂いた。矢吹氏のコラムでは障害を持つ人の多様な特性とキャッシュレス決済の利用について検討され、視覚障害のある人にはキャッシュレス決済のもたらす利便性の可能性が高い一方で、障害のある人には一般的にキャッシュレス決済の利用に至るまでの準備プロセスから誰にでも容易に利用可能ではないこと、精神的な障害を持つ人にはキャッシュレス決済特有の課題がある等、行政、事業者、支援者の連携による支援の必要なことが示されている。
海外の動向として卫氏のコラムではアジアで有数のキャッシュレス決済先進国と言われる中国の現状と課題について報告している。中国ではモバイル決済が広く浸透していることに加え、インターネットに接続しなくても決済可能な政府による法定通貨としてのデジタル人民元も推進されている。やはりここでもキャッシュレス決済へのアクセスや個人情報をどう保護するかが課題になっている。そして西崎氏のコラムでは欧州諸国の中でもキャッシュレス決済が進んでいると言われるオランダにおける現状と今後の見通しについて報告されている。デジタル技術の進歩やコロナ禍の接触への忌避といった理由により、国内の支払いの80%以上、小売店や飲食店等では支払いの9割余りがキャッシュレスで行われるようになっている。欧州銀行デジタル通貨の導入も予定され、今後一層のキャッシュレス決済の浸透が予測されているが、現金依存度の高い層には不利益になるという課題が残る。
本号に掲載された論稿を読むと、キャッシュレス決済はあくまで支払い方法の選択肢を増やし、人々により便利で安全な支払い手段の提供を目的として推進されるべきであり、現金による支払いをなくすことが目的にはならないことが分かる。
本特集を通じてキャッシュレス決済の基本的な仕組みや利用の際に留意すべき点が読者に理解され、キャッシュレス決済の適切な使用につながれば幸いである。
* 経済産業省HP https://www.meti.go.jp/press/2023/03/20240329006/20240329006.html 、
厚生労働省HP https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03_00028.html(2024年10月16日参照)。
(山崎 由希子)
主な執筆者:鎮目雅人、松岡清志、金子宏直、山本正行、矢吹香月、ウェイ デイ、西崎こずえ
目次
- ●巻頭言
- 生身の人間としての消費者の弱さ(天野晴子)
- ●特集 キャッシュレス決済の主流化と私たちの生活
- 歴史からみたキャッシュレス決済(鎮目雅人)
- 行政のデジタル化とキャッシュレス決済(松岡清志)
- キャッシュレス決済の主流化と個人情報の保護(金子宏直)
- キャッシュレス決済の知識と利用に関する注意事項(山本正行)
- コラム1 誰もが自由に使えるキャッシュレス決済の実現にむけて~消費者教育の視点からの提案~(矢吹香月)
- コラム2 中国におけるキャッシュレス社会構築の現状と課題(ウェイ デイ)
- コラム3 オランダにおけるキャッシュレス決済の現状とゆくえ(西崎こずえ)
- ●国際協同組合運動史(第32回)
- 国際協同組合デーの流動と1952年日本からのICA再加入について(鈴木 岳)
- ●新刊紹介
- 宮本みち子・大江守之編『東京ミドル期シングルの衝撃──「ひとり」社会のゆくえ』(山崎由希子)
- ●本誌特集を読んで(2024・9)
- (松尾 掌・三春・高島勝秀 )
- ●研究所日誌
- ●11月30日第33回全国研究集会「地域からつむぐ協同組合のアイデンティティと明日」
- ●公開研究会「2024年度全国生協組合員意識調査概要報告」(12/12)
- ●2024年度生協総研賞・第22回助成事業対象者決定のお知らせ