刊行物

生活協同組合研究 2024年5月号 Vol.580

男性の育児関与を阻む壁を乗り越えるには

 国際比較調査の結果を見ると日本の男性は他の先進国の男性と比べ育児に費やす時間の少ないことが特徴として表れている(内閣府『男女共同参画白書 令和2年版』)。そこで本号の特集では、日本社会において男性が子育てに関わることを阻む要因について様々な角度から検討する原稿を集めた。

 冒頭の巽稿では21世紀に入っても上記のジェンダー規範が根強く、父親が子育てに関わることを阻んでいること、そのような現状を変えるには社会の側から父親を母親と同様の「子育てする親」であり、父親も子育てに関わることを個人の権利と理解する必要があると指摘、ケアを基盤とする暮らしを優先する社会へ向かうことを提言している。続いて井上稿では男性が子育てに関与しにくい理由として挙げられることの多い長時間労働を取り上げ、若者の多くが共働き共育てを望んでいる現状に照らし、(主に正規雇用で働く)男性の長時間労働の是正の必要性を示している。また同稿は長時間労働の是正は労働生産性の向上や女性の労働参加促進といった経済的な視点からも合理的であることを示唆している。

 中村稿では虐待を理由に子どもを保護された家族の父親向け支援として行われている男親塾の取り組みを紹介している。虐待と聞くと一般的な父親とはかけ離れた存在のような印象があるが、暴力を肯定するジェンダー意識を内面化した父親は特異な存在ではなく、子育てに積極的でない一般的な父親の延長線上に虐待する父親がいると指摘されている。

 厚澤稿では歴史的な視点から、家族の形と父親の役割は時代によって変化し、父親は家族を経済的に養わなければならないという意識はここ50~60年ほどの特異なものと指摘する。そして若い世代はこのような性別役割分業意識を上の世代ほど強くは持っておらず、今後はより主体的に子育てに関わる父親の増えることが期待されている。高橋稿では男性の約9割が育児休暇を取得するというスウェーデンで行われてきた政策や議論をその歴史的経過と共に示し、男性の育児休業取得を増やすために様々な工夫がなされてきたことが指摘されている。本稿を読むと、日本でも育児休暇制度は整えられているものの、それを十分に活用できていない問題のあることが理解できる。

 村上氏のコラムでは、日本のひとり親家庭向け支援制度は夫を亡くした女性(母親)への支援を前提としていたが、既存の母子家庭支援制度に父子家庭を同等の対象として加えることは相当程度達成されたこと、またこの制度の基盤のうえに職場や周囲の人の支援が重要であることが示されている。

 藤氏のコラムでは子どもを家族に迎えることを望む同性カップルへの支援活動を中心に、性別役割概念に縛られない子育てが可能な社会への希望を描いている。

 最後に三輪氏のコラムではコープ共済生活協同組合連合会における男性職員の育児休業取得促進の取り組みの実際が報告されている。同会では(制度があっても)男性職員が育休を取りづらいと感じていることへの対策として、制度について積極的に広報し、より詳しい面談も実施している。また比較的長期の育児休業を取得した場合にもアプリを通じて相談を受け付ける等、仕事から離れている間に不安が生じないよう配慮されている。

 日本の子育て支援に関わる制度は基本的には親の性別に関わらず平等なものになってきており、また子育てへの関与を希望する男性も増えている。本号の特集が、「イクメン」ではなく「男性が子育てに関わるのは当然」な社会を考えるきっかけになることを願う。

(山崎 由希子)

主な執筆者:巽真理子、井上恵理菜、中村 正、厚澤祐太郎、高橋美恵子、村上吉宣、藤めぐみ、三輪 真

目次

巻頭言
DVと家事・育児・家庭生活(戒能 民江)
特集 男性の育児関与を阻む壁を乗り越えるには
父親の子育てへの新たなまなざしがもつ豊かな社会の可能性──戦後日本における父親をめぐるジェンダー規範──(巽真理子)
共働き共育て社会の実現に向けて──男性の長時間労働の是正と柔軟な働き方の実現が不可欠──(井上恵理菜)
家族のなかの男性性ジェンダー規範とケア役割──男親塾の実践をもとにして──(中村 正)
現代の日本における父親の役割を考える──歴史的に見た父親の役割の変化から──(厚澤祐太郎)
スウェーデンにおける男性の育児参画促進施策──ジェンダー平等と子どもの権利の視点から──(高橋美恵子)
コラム1 父子家庭支援に関わる制度の改善と現在もなお残る課題(村上吉宣)
コラム2 多様な大人が子育てに参画する社会へ向けて~「同性カップルの里親」が変える子育て像~(藤めぐみ)
コラム3 コープ共済連における育児休業制度の概要と男性職員の育児休業取得促進策(三輪 真)
国際協同組合運動史(第26回)
戦時下における国際協同組合同盟(ICA)③(鈴木 岳)
本誌特集を読んで(2024・3)
(菅原 正・石橋一郎/仲井靖子)
文献紹介
J.リープ著・宮﨑真紀訳『プロジェクト・ファザーフッド アメリカで最も凶悪な街で「父」になること』(山崎由希子)
研究所日誌
公開研究会「健康寿命の延伸のために」(6/4)