刊行物
生活協同組合研究 2023年9月号 Vol.572
誰もが自由に、安心して外出できる社会を創る
本号の特集テーマは2020年初頭に始まった新型コロナ感染症の流行により、社会全体で人々の外出が規制されるという異例の事態に至ったことに触発されている。感染拡大防止のため、政府は同年4月に緊急事態宣言を発出、外出自粛要請と飲食店等に対する休業要請が行われ、(実際の判断は個人に任されたものの)「不要不急の外出は避けるべき」という呼びかけが繰り返された。このように政府が人々に外出の自粛を要請した背景にはウイルスの特性が解明されていない状況下、感染症の拡大を防ぐために可能な限り人の移動を止め、人と人の接触機会を減らすという意図があった一方で、外出機会の減少に伴い子どもの運動時間が減少したことや、交流機会も減少したことにより高齢者の間では認知機能が低下したり、うつ傾向の見られる高齢者が増加したことが報告されている(厚生労働省『令和3年版厚生労働白書(令和2年度厚生労働行政年次報告)』)。このような外出制限による心身への悪影響は言うまでもなく全ての人々に関わることであるが、実際には新型コロナ感染症による外出制限の前から障害を持つ人、高齢者、子育て中の(特に母)親等は日々の外出に制約を抱えていたのであり、本号の特集では、改めて誰もが自由に外出できることの重要性を示唆する論稿を集めた。
石川論稿では障害と健常という状態はいずれも環境依存的であり障害を持つ人の外出に不自由がある場合、その人の外出を阻害している環境等に問題があるとする障害の「社会モデル」を提示、このモデルは(障害を持つ人だけではなく)社会全体に普遍的なメリットをもたらすのであり、このモデルに沿った環境整備や合理的配慮を進め、誰もが自由に外出できる社会を創ることの必要性を説く。続いて山崎論稿では外出と高齢者の健康に関する様々な調査の知見に基づき、継続的な外出が高齢者の心身の健康に好影響を与えること、高齢者の外出を促進する環境として他者との交流を伴う馴染みの場や街の中で少し休憩できるベンチ等の有用性について論じられている。続く佐藤論稿では当事者として関わった交通アクセス運動の経過から東京オリンピック・パラリンピックを契機としたバリアフリー施策の策定プロセスについて、これまでの成果と残された課題について述べられている。そして薬袋論稿では、誰にとってもおそらく最も身近な外出先ともいえる道路を、より広く人々に開かれた場とする方策について欧州諸国の事例を紹介、そのような方策を日本にも導入することで得られる多様なメリットを提示している。佐藤・山崎論稿では、はるな生協(群馬県)のえんがお活動(事業所や組合員の自宅の前にベンチや椅子を置く)への取り組みを通じて、子どもから高齢者まで世代を問わず外出しやすくすること、そこから生まれる小さな交流を通して安心して生活できる地域づくりの可能性を示唆している。最後に大森氏のコラムでは技術の発達によりオンライン会議や買い物等、外出せずに目的を達することができるようになった今日においても、外出することから得られる効用には様々なものがあり、誰にとっても外出しやすい環境整備が必要であることが述べられている。
本特集が外出の自由の権利やそれを可能にする社会的なインフラの重要性はもちろん、誰もが自由に外出できることで可能となる交流が社会にもたらす様々な豊かさについて考える一助となれば幸いである。
(山崎 由希子)
主な執筆者:石川 准、山崎幸子、佐藤 聡、薬袋奈美子、佐藤紀代子、山崎由希子、大森宣暁
目次
- ●巻頭言
- 産地交流の大切さを想う(大信政一)
- ●特集 誰もが自由に,安心して外出できる社会を創る
- 障害の「社会モデル」から「外出の自由」を考える(石川 准)
- 高齢期における外出と心身の健康──閉じこもり高齢者に対する調査結果から──(山崎幸子)
- バリアフリー社会の実現を目指して──交通アクセス運動と東京オリパラを契機としたさらなるバリアフリーの推進──(佐藤 聡)
- 子どもが安心して遊べる道路は大人にも楽しい交流の場──日本へのボンエルフ導入を考える──(薬袋奈美子)
- 外出を後押しし,地域住民の交流を促進するはるな生協の「えんがお」(佐藤紀代子〈聞き手・山崎由希子〉)
- コラム 多様な世代が外出しやすくなる社会環境の構築について(大森宣暁)
- ●国際協同組合運動史(第18回)
- 国際協同組合同盟(ICA)1930年第13回ウィーン大会①(鈴木 岳)
- ●本誌特集を読んで(2023・7)
- (岡田卓巳・根本篤司)
- ●新刊紹介
- 斉藤弥生・V.ペストフ(編)『コ・プロダクションの理論と実践参加型福祉・医療の可能性』(藤田親継)
- ●研究所日誌
- ●アジア生協協力基金2024年度・助成金一般公募のご案内
- ●公開研究会「健康づくりへのナッジの活用」(9/21)
- ●公開研究会「いま改めて共済のアイデンティティを考える」(10/16)
- ●第32回全国研究集会「世界的な食料危機の中で,持続可能で健康的な食のあり方と生協の役割を考える」(10/28)