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知の市場

○ 開催日時
2015年6月17日(水) 15:00~16:30
○ 開催会場
大東文化大学 板橋キャンパス(高島平)
講師とテーマ

 五十嵐 桂樹(みやぎ生活協同組合)
 「防災・減災」

概要

 第9回「生協社会論」は「防災・減災」がテーマでした。大規模な災害が起きた時、生協はどんな対応をしたのか、またどういう課題が残ったのか、みやぎ生協の五十嵐桂樹さんに話していただきました。予備知識として、生協についての基礎知識に触れた後、DVDも視聴しながら、臨場感のある90分間でした。
 講義の内容を、現代経済学科4年のTN君が以下のようにまとめてくれました。

 今回の講義は「大規模災害における生協の役割」についての話でした。
 2011年3月11日に発生した「東日本大震災」における、みやぎ生協の対応は迅速かつ丁寧なものでした。みやぎ生協は震災直後にも関わらず、可能な限り店頭での営業を継続した。その際、混乱を避ける為に、販売個数制限を設けたり、整理券などを配布した。この様に多くの人が訪れる事により、値上げなども危惧されたが、みやぎ生協は低価格で販売し、着の身着のままの人には無料配布をした。だが、この様に買い物に来れない人もいる。その様な人には生協の宅配システム「共同購入」が有効だった。このシステムは震災時においては、「お見舞い=安否確認」となり、多くの人から感謝の声を貰った。
 行政からの物資提供要請に応えて、みやぎ生協は当日から緊急物資の確保・提供を行った。だが緊急時、(更には=削除)要請される物資も絶えず変化した。この様な状況にも関わらず、被災地には全国から同じ生協の職員が駆けつけた。そのかいがあってか、調整を比較的スムーズに行う事ができた。
 更にみやぎ生協は避難者、被災者を生協の施設に受け入れた。食事を提供し、携帯用電源を提供した。1人10分間だけではあったが、多くの人から感謝の声をもらった。
 この様なみやぎ生協の迅速な対応により、多くの人が救われた。この背景にはいろいろな思いがあった。20年前に発生した「阪神淡路大震災」の際、みやぎ生協の職員も支援に向かっていた。そこで奮闘する生協の姿を見て、「生協は社会の為に貢献しなければならない」ということが、生協の風土として伝わって。これがあり、生協は組合員との関わりが強くなっていった。実際「東日本大震災」では組合員に商品不足を侘びた際には「逆に店を開けてくれたありがとう」と感謝された。しかし、生協を信じて期待の裏返しで不満の声も頂いた。
 生協は、「共助」「互助」の組織である。組合員、社会と密接に関わりあうことで認知され、信頼され、最大限の効果を発揮する。生協は地域のインフラ、すなわちライフラインなのだ。
 しかし、ライフラインとして信頼を置かれている以上、厳しい声も、問題も挙がる。状況が全く異なる場合において、最善の対応策を考えねばならないからだ。なぜなら最近10年間で、日本には様々な大規模自然災害が多発している。ライフラインとしての機能を果たす為には、「事業の継続計画の作成」「日常的に職員の教育と訓練の実施」「他の協同組合との連携」「マニュアル外の事態に対しての判断・行動基準を簡素化・明確化」など、やらなければならない事が沢山ある。
 こういった活動を進める一方で、東日本大震災で被災した地域に対しての復興の支援は継続している。今もなお自宅に帰れず、仮設住宅に住んでいる人や、仕事を失ってしまった人や、人口流出、そして福島第一原発のことなど、様々な問題を抱えている。このような問題の為に、ボランティア活動をしたり、産業の復興を進めている。そしてこの震災を忘れさない、風化させないために被災地の情報を全国の生協に提供したり、資料室を設けるなどの活動をしている。

 私は、今回の講義で、改めて震災当時の感情を思い出しました。実際に経験した訳ではないのですが、今回のDVD鑑賞でみた映像で、津波から逃げる人々、避難所の風景、瓦礫の山と化した街など、当時ニュースや番組で胸を痛めた時の事を思い出しました。
 ですが、それと同時に今回の講義で、生協の人達の活動を知り、とても心が温かくなりました。迅速な対応に、献身的な思いやり、生協同士の連携が被災した人々を勇気付けてたくさんの人々が救われた。震災直後の混乱する状況にも関わらず、地域のライフラインとして、十分に機能していたと思いました。
 しかし、先日に起きた浅間山や御嶽山の噴火など、日本は自然災害がとても多い国です。それら全てに対応し、支援していくにはまだまだ大変なんだなという実感も湧きました。実際、震災から4年も経過しているのに、依然仮設住宅に住んでいる人が自宅に戻れるのも、産業の復活もままならぬ現状です。復興にはまだまだ時間がかかるなと痛感しました。
 全てを奪ったこの震災ですが、でもこの震災で体験した事を私たちは決して忘れてはならないと思いました。その姿勢こそが次に訪れるかもしれない災禍から自分や大切な人を守り、救う一番の「武器」なんだと私は信じています。