生活協同組合研究 2017年11月号 Vol.502
安心して暮らせる認知症社会のために
趣味のご朱印集めをしてお寺を回っていると、「ぼけ封じ」を謳うお寺が少なからずある。高齢化が進み、認知症を「わが事」として受け止める多くの人が熱心にお参りしている姿を見かける。認知症になりたくない、というのは、偽らざる気持ちだと思う。しかし、神仏頼みをするより、認知症について正しく知ることのほうが大切で、はるかに気持ちも楽になると、この特集を企画してつくづく実感した。
コラムで紹介した認知症当事者の藤田和子さんにインタビューした時、認知症に対するイメージが大きく変わった。発症から10年たった藤田さんは、困難を抱えながらも、病気を理解し、様々な工夫をすることで、自宅で暮らしている。認知症とともに生きるという表現がぴったりで、その様子を多くの人に知ってほしいと思った。
特集では、認知症の医療(繁田論考)、ケア(宮島論考)、地域での支援(森脇論考)の現場から3名の論者に、2025年には65歳以上の人の5人に1人が認知症になると言われる認知症社会を迎えるために必要なことを報告してもらった。また、認知症の問題をメディアの側から追い続けてきた川村氏には、認知症の医療やケアで今注目されている認知症の当事者参画の意味について論じてもらった。
各論考はそれぞれ関連、補完し合い、全体を一読することで、認知症への理解が深まるものになっていると思う。また、いくつかの重要な問題については、同じ考え方、訴えが底流に流れている。1点が、「認知症になったら何も分からなくなる」という間違ったイメージの払拭の重要性。社会の中に、広く深く根付いた「恍惚の人」像はどうしたら、本当に改めることができるかを、私たちも真剣に考えてみる必要がある。これに関連して、繁田論考の中の「予防に傾きすぎる日本の認知症対策」に触れておきたい。現時点で認知症予防に明確な効果のある方法はないにも関わらず、予防を強調しすぎることは、病気になった時の絶望にもつながりかねないという指摘は留意に値する。
2点目は「当事者参画」の促進。介護者や家族の視点からだけではなく、当事者の声に耳を傾けて、様々な政策や制度を作っていく時代になっており、「当事者参画」をどう進めていくかは生協にとっても今後の課題になるだろう。 コラムでは、今年7月から、認知症の人が優先的に利用できる支払いレジを設けた京都生協の取り組みのほか、企業や行政の場で広がる様々な試みを紹介した。
本特集を読んだ読者の中で1人でも多くの方が、もう「ぼけ封じ」をしなくても大丈夫なんだと感じていただけたなら幸いである。そこから、認知症になっても安心して暮らせる社会を考える一歩が始まると思う。
(白水 忠隆)
主な執筆者:繁田雅弘、森脇俊二、川村雄次、宮島 渡、藤田和子、清川卓史、白水忠隆
目次
- 巻頭言
- 暖かい手と手をつなぐ(神野直彦)
- 特集 安心して暮らせる認知症社会のために
- 今、認知症を正しく理解することが必要だ──認知症像は大きく変わりつつある──(繁田雅弘)
- 地域づくりから、認知症対策の知恵と工夫が生まれた(森脇俊二)
- 認知症政策への当事者の参画──スコットランドを中心に──(川村雄次)
- 変わりつつあるケア──拘束・監視から見守りへ──(宮島 渡)
- コラム1 認知症になっても大丈夫。~そんな社会を創っていこうよ~(藤田和子)
- コラム2 認知症になっても安心して暮らせる社会──企業・地域の取り組み──(清川卓史)
- コラム3 認知症問題に生協はどう取り組むか──京都生協の事例から──(白水忠隆)
- 時々再録
- よそ者、ばか者、若者と言うけれど(白水忠隆)
- 研究と調査
- インドネシアの協同組合:課題と好機(スリ・ワーユニ(翻訳:鈴木岳・山梨杏菜))
- 本誌特集を読んで(2017・9)
- (柴沼 均・中林真理子)
- 新刊紹介
- 『1850年以降の生協のグローバル・ヒストリー:運動と事業』(A Global History of Consumer Co-operation since 1850)(栗本 昭)
- 樋口恵子著『その介護離職、おまちなさい』(山崎由希子)
- 研究所日誌
- 公開研究会(京都12/9)
- 第15回生協総研賞・助成事業の対象者を決定しました
- 2017年度第11回「表彰事業」受賞式のご案内
- 宮坂富之助先生を偲んで