刊行物情報

生活協同組合研究 2017年2月号 Vol.493

高等教育機会の格差と課題を考える

 日本では2009年頃から大学全入時代に入り,大学進学率は56.8%(2016年度)に達している。大学に進学するのは当たり前と言われる状況になったが,実は家庭の経済状況によって進学率には大差がある。また,大学に入学しても様々な理由で中途退学する学生や,就職後に離職する者も少なくない。こうした若者の多くは低賃金かつ不安定な非正規就労者となっていく。

 国立・私立を問わず大学の授業料が年々上昇し,大学生を持つ家庭の経済的負担が増している。それを軽減するはずの奨学金制度,この返済問題が若者たちを苦しめており,昨年の参議院選挙でも争点の一つとなった。

 今回の特集は,大学への進学,言い換えれば高等教育を受ける機会に家庭の所得格差がどのような影響を与えているか,その要因は何かを考えていくとともに,大学から就職・仕事への移行をめぐる問題についての論考をまとめた。また,奨学金制度をめぐる問題とそのあるべき姿についての論考も紹介する。

 金子論文は,基調報告として,大学教育の機会均等の何が問題となっているのか,高等教育の大衆化の経過を振り返りその特質を分析し,今後の政策手段の視点から奨学金のあり方を考察する。小林論文は,家庭の経済状況によって大学への進学機会に違いがあること,低所得層でも無理をして教育費を負担している状況があることを紹介し,大学の教育費を私的に負担すべきだという「個人主義的な教育観」が背景にあると述べる。これが日本の公的奨学金が貸与であり続けている要因の一つという。

 児美川論文は,学生たちの「大学から職業への移行」プロセスに焦点をあて若年者の失業や離職の問題を論じている。大学中退率が10%を超えていること,就職後3年以内に3割が離職していることに触れて,企業と学生のミスマッチがあることを指摘している。また,堀論文は,大学等の中退者に焦点をあてて,中退理由を調査結果から説明する。その中から,経済的困難を理由とした大学等中退者への支援策を提起している。

 日本学生支援機構の奨学金制度が金融事業化していると指摘する大内論文は,大学の授業料の高騰と世帯の平均収入の減少が,奨学金なしでは大学進学ができない状況となっていると説明する。この間奨学金制度改善の動きが出てきているが,抜本的な改善には,「教育の私的負担」と「努力主義」を変えていくことが必要だ,「生まれながらの差別」に鈍感な日本社会を変えて行きたい,という主張には痛切な思いが込められている。

 コラムは3つある。奨学金返済で苦しむ若者の急増に対して,岩重氏は奨学金延滞問題の救済に向け「制度の抜本的な改善」と「現在の救済制度の利用」という2つの方策を提案している。また,ファイナンシャルプランナーの立場から,加藤氏は奨学金を利用する学生の金融リテラシー不足を指摘している。大学生協連には学生生活実態調査のコラムをお願いした。

 高校生や大学生を持つ生協の組合員をはじめとする読者に,現在の高等教育をめぐる格差を考える参考になれば,幸いである。

(小塚 和行)

主な執筆者:金子元久,小林雅之,児美川孝一郎,堀有喜衣,大内裕和,岩重佳治,加藤梨里,全国大学生活協同組合連合会

目次

巻頭言
ベトナムの大学の「特別プログラム」(古田元夫)
特集 高等教育機会の格差と課題を考える
奨学金のポリティカル・エコノミー(金子元久)
高等教育機会の格差の実状と課題──進路選択と家庭の教育費負担──(小林雅之)
大学と職業のあいだ──良好な「接続」は回復できるか──(児美川孝一郎)
大学等中退者への支援を中退理由から考える──労働市場への移行の観点から──(堀有喜衣)
格差と貧困を助長する奨学金制度を考える(大内裕和)
コラム1 「奨学金被害」の実態と救済への道(岩重佳治)
コラム2 金融リテラシーが不足している──奨学金制度のしくみを知らない学生──(加藤梨里)
コラム3 学生生活実態調査に見る奨学金受給と学生生活(全国大学生活協同組合連合会)
時々再録
日本記者クラブ アウン・サン・スー・チー氏会見(白水忠隆)
本誌特集を読んで(2016・12)
(篠田 裕次・松浦 均)
新刊紹介
トーマス・H・ダベンポート,ジュリア・カービー著 山田美明訳『AI時代の勝者と敗者』(星野浩美)
研究所日誌
公開研究会
英国の生協の過去,現在,そして教訓(宮城2/15,福岡3/14)
生協総研賞・第13回助成事業論文報告会
公開研究会
組合員参加と購買行動の相互関係を解明する(神戸3/10)
第11回生協総研賞「表彰事業」実施要領