刊行物情報

生活協同組合研究 2011年3月号 Vol.422

特集:明日の農業の担い手像

 いま,農業・農政をめぐる論議はかつてない高まりを見せている。農業論が専門誌だけでなく一般マスコミを巻き込んだ大きなスケールでおこなわれることは,もちろん消費者市民も参加できる論議の土俵が形成されてきたことでもあり,本来歓迎すべき姿である。しかし一部では一面的な空中戦的論議が先行する事態も見られ,冷静で落ち着いた論議がしにくくなっている面もある。

 小誌では近年,節目ごとに農業特集を組んできたが,いずれも注目されているキーワードを入り口に,関連する背景や基本的な考え方を振り返るスタンスで,落ち着いた議論・話し合いのための共通認識の形成に資することを目指してきた。とくに2007 ~ 08年に大きく注目された「食料自給率」に関する特集(2009年4月号),2009年夏の衆院選挙での民主党の「戸別所得補償」の公約を受けた「直接支払い」特集(2010年4月号)である。

 今回は,以上の農業特集シリーズに連なる「農業の担い手」特集であり,昨年(2010年)10月来のTPP論議の中で,農業構造への関心が高まっていることを見据えつつ企画・編集を進めてきたものである。タイミングとしては,5年ぶりに実施された農林業センサス2010の結果(概数値)がまとめられ,今日の日本農業の姿が改めて認識されたこともあった。

 さて,今後の農業・農政を語るには,1990年代初頭以来の「新しい農政」の進展過程を踏まえておく必要がある。経過を少し振り返ってみる。

 今年2011年は,旧農業基本法50周年にあたる。20年前の1991年は農業基本法30周年であり,これを機に農水省は「新しい食料・農業・農村政策検討本部」を設置した。80年代以来,農政審議会答申「21世紀へ向けての農政の基本方向」(86年)に代表されるように,古くなった基本法に代わる新しい農政の枠組みへの期待が高まっていたのである。同本部では,1年間の検討の末,「新しい食料・農業・農村政策の方向」を発表した。

 ここで基本的な方向を与えられた「新しい農政」は,1993年のガット農業合意,1994年のWTO条約批准と食管法廃止,1997 ~ 98年の食料・農業・農村基本問題調査会での論議と答申等を経て肉付けされ,1999年の「食料・農業・農村基本法」へと結実する。新しい農政の中身がほぼ見えつつあった1998年,生源寺眞一・東京大学教授は,「農業」基本法から「食料・農業・農村」基本法へと政策の視角が広がった点について次のように解説されている。

 「農業政策のカバーする領域が,食料の安全保障や美しい農村環境づくりといった課題にまで広がった・・・つまり・・・食料の安心,たくましい農業,美しい農村の三つの理念・・・政策の目的が多元化」した。

 「強くたくましい農業」を目指すことに加え,「これからの日本農業には,食料の安全と安心や,美しく暖かい農村の実現という課題に対しても,真剣に応えることが求められている」。

 「食料・農業・農村のキーワードで表される三つの理念・・・ベクトルを異にするこれらの理念を,いかにして高い水準で調和させるか」。

 「理念の高い調和が具現化された農業像・農村像を描き出すことが是非とも必要なのである。国民に真の意味でサポートされる21世紀の農業とはどのような姿であろうか」――。

 (「新しい基本法の理念と方法」『アンチ急進派の農政改革論』農林統計協会)。

 2005年の食料・農業・農村基本計画は「農業構造の展望」を打ち出した。その後は,2005 ~ 06年の「限界集落」問題の噴出,2007 ~ 08年の「食料自給率」,さらに2007年夏の参院選と2009年夏の衆院選における農村部の「反・構造改革」等,「食料・農業・農村」をめぐる図式は錯綜し,農政は行きつ戻りつといった様相である。この数年間の経過は,「強くたくましい農業」,「食料の安全保障」,「美しい農村環境づくり」という三つの理念をバランスさせることの難しさを十二分に立証している。

 新しい農政の出立地点において発せられた上の問いかけは,近年の農業をめぐる政策論議の中で,もう一度真剣に立ち返ってみるべきものを含んでいるのではないだろうか。

 現今,TPP問題によって論議がヒートアップしている中,冷静でありかつ前向きで大胆な論議が起こることを期待すべく,明日の農業の姿を展望する4篇を編み,素材として供する次第である。加えて編集者の筆により,EUの共通農業政策(CAP)の最新動向を短くお伝えする。

(林 薫平)

主な執筆者:盛田清秀,大泉一貫,安藤光義,谷口吉光,林 薫平

目次

巻頭言
花見のお誘い今むかし(天野晴子)
特集:明日の農業の担い手像
日本農業の担い手と構造問題(盛田清秀)
日本農業の担い手のあるべき姿──「2005年基本計画」を振り返る見地から──(大泉一貫)
構造変動が進む水田農業の展望(安藤光義)
坂の下の桃源郷──「持続可能な社会」における農業・農村の姿とは──(谷口吉光)
EUの次期7カ年財政と共通農業政策のゆくえ(林 薫平)
研究と調査
生協の事業経営に関する研究レビュー(山縣宏寿)
シリーズ・地域社会と生協の連携(10)
センターは地域社会の一員──パルシステム東京・小学校でのバケツ稲を利用した学習会──(山口浩平)
海外のくらしと協同No.20
フィンランドの生協(天野晴元)
本誌特集を読んで
新刊紹介・私の愛蔵書
神野直彦・高橋伸彰編著『脱成長の地域再生』(栗本 昭)
ジャクリーヌ・ド・ブルゴワン著『暦の歴史』(鈴木 岳)
研究所日誌