刊行物情報

生活協同組合研究 2010年9月号 Vol.416

特集:「買い物弱者」問題と流通システム,生協購買事業

 近年,日本の津々浦々で,高齢者を中心に,日常の買い物の困難や不便さに直面する事態が現れている。

 都市部では,小売の軸足が郊外のショッピングセンターに移り,専門店を中心とする古くからの商店街が衰退すると,高齢者など自由な移動手段をもたない人は買い物する場所を失ってしまう。これが英国発祥の「フードデザート」(食の砂漠)問題であり,小売業の展開先が郊外に傾斜することから「弱者」が生まれる。他方,山間地や島嶼部などの僻遠地では,過疎化の進展によって事業の採算が合わなくなった小売店が撤退し,地域に買い物先そのものがなくなることで,住民が食料や生活必需品調達の困難に直面する事態が拡大している。

 2009年6月,読売新聞がこうした問題を「買い物難民」問題として大きく取り上げた。経済産業省も,同年11月に「地域生活インフラをささえる流通のあり方」研究会を立ち上げ,2010年5月の報告書で買い物困難に直面している人が「600万人」と推計するなど,諸方面での報道や研究活動により問題の認知は広がっている。

 この問題に対し,さまざまなアプローチがありうるが,小誌特集では高齢者など,「弱者」を排除しない社会基盤またはセーフティネットとしての流通システムのあり方にフォーカスを当てる。そして,事業を通じ消費者・市民の生活向上に資することを旨とする生協が,この事態の中でどのような役割を発揮しうるかに注目する。

 流通政策上は,買い物の困難におちいった人びとを「弱者」と位置づけるが,住民が有志を中心に協同組織を立ち上げ,地域づくりの一環として問題に対処する可能性にも着目したい。参加・自治型の地域社会のあり方を考える契機にもなる。上で,カッコ付きの弱者としたゆえんである。

 木立真直氏には流通経済論の枠組みから,山本精一氏には流通における官と民の課題を探る視点から,さらに,岩間信之氏には地理学の方法を用いて,それぞれ買い物弱者またはフードデザートの問題の背景,現状,そして今後の展望を論じていただいた。さらに,森傑氏には都市計画・まちづくりの観点からコープさっぽろの赤平市における事業展開に光を当てていただいた。また,佐藤道夫氏には広島,東京,福井の地域生協の実践を中心に,各地域での住民の買い物困難の問題に生協がどのように対処しようとしているか,スケッチしていただいた。

 今後も拡大が予想される各地域での買い物困難の問題に対して,流通政策や住民参加型の地域づくりのあり方をめぐる真剣な論議が起こっていくことを期待したい。本特集がその際の基礎資料の一つとして活用されることになれば,企画者として望外の喜びである。

(林 薫平)

主な執筆者:木立真直,山本精一,岩間信之,森 傑,佐藤道夫

目次

巻頭言
ドキュメント アカウント3(中川雄一郎)
特集:「買い物弱者」問題と流通システム,生協購買事業
フードデザート問題と地域再生の展望(木立真直)
過疎地・都市部における買い物問題の概要と,流通システムの課題──経済産業省研究会の成果から──(山本精一)
日本における食の砂漠──フードデザート問題の現状と課題──(岩間信之)
道内過疎地での住民生活と地域づくりの課題──コープさっぽろ・あかびら店の事業分析から「まちの整体」モデルへの展開──(森 傑)
地域の買い物問題への生協の対応(佐藤道夫)
研究と調査
「社会階層」「ジェンダー」「民族」から見る日本社会の現状と課題(岩間暁子)
投稿
欧州委員会による消費者教育政策の理念と実践(丸山千賀子)
海外のくらしと協同No.14
ICAアジア太平洋地域大学生協ワークショップ開催報告(中山 薫)
文献紹介
武田晴人著『新版日本経済の事件簿開国からバブル崩壊まで』(鈴木 岳)
研究所日誌