刊行物情報

生活協同組合研究 2010年11月号 Vol.418

特集:医療生協の新たな挑戦

 救急医療,僻地医療,小児科・産婦人科などの医療供給体制の危機,医療者の過労死や医療過誤,医療保険制度の危機など,「医療崩壊」が喧伝されているが,このような状況のなかで地域住民に支えられた医療生協の取り組みが注目を集めている。

 今年7月,115の医療福祉生協と日本生協連によって「日本医療福祉生活協同組合連合会」(略称:医療福祉生協連)が創立され,10月から事業を開始した。新連合会は医療福祉生協の事業と活動をさらに発展させ,それを通して組合員の健康とくらしの願いを実現させるという協同組合本来のミッションを掲げるとともに,同時に日本の医療と福祉の向上に貢献するという公益的な役割を果たすことを目指している。それは現代日本の医療問題の複雑さと現実の医療生協の力量を考えると壮大な課題であるが,医療生協はそれに挑戦しようとしている。

 本特集は新連合会の設立を機に医療生協の新たな挑戦の取り組みを取り上げる。すなわち,新連合会のビジョンと課題を明らかにし,生協法改正を契機とする新たなガバナンス構造の確立,保健・医療・介護の連携による事業戦略,患者の医療参加の拡大,高齢者にやさしいまちづくりが求められており,このような分野における医療生協の挑戦の取り組みを紹介する。

 リム ボン氏は21世紀の新たな社会的要請に応えて,「人間の安全保障」,「社会資本」,「コミュニティ・デザイナー」というキーワードを使って医療生協が果たすべき役割を提起している。中村秀一氏は日本の社会保障制度における医療・福祉の位置,国民皆保険の半世紀の歩み,医療がかかえている問題を明らかにし,改正生協法を踏まえた医療・福祉生協への期待を述べている。岡本多喜子氏はWHOの「高齢者にやさしい街」がどのような考え方に基づいて作成されたのか,また医療生協がまちづくりの活動に取り組むことはどのような意義があるのかを解説している。大野博氏は生協法改正に伴う医療生協の管理運営上の課題を明らかにすることを目的として,生協の組織原理(メンバーによる共益性)と医療事業(公益性,非営利性,専門性)との緊張関係という視点から,とりわけ医療法人との比較を行いながら医療生協としてのガバナンス論を展開している。髙橋泰行氏は新連合会のトップとして今後の日本社会における医療福祉生協の役割を検討しながら,新連合会の理念と医療生協のビジョンの素案を提示している。藤谷惠三氏は医療をめぐる厳しい環境の中で医療生協の医療・介護福祉事業の現状を明らかにし,「保健・医療・福祉のシームレスな事業の展開」と「多様な地域連携」という戦略を提示している。

 今後も超高齢化,人口減少,財政赤字の増大がすすむなかで,医療生協の医療事業と介護福祉事業をめぐる環境は厳しいものとなることが予想されるが,医療生協が生活協同組合としての特質をさらに強化し,地域住民にとってなくてはならない存在となり,同時にコミュニティに開かれた存在として公益的な役割を発揮して発展していくことを期待してやまない。

(栗本 昭)

主な執筆者:リム ボン,中村秀一,岡本多喜子,大野 博,髙橋泰行,藤谷惠三

目次

巻頭言
「消えた高齢者」について(麻生 幸)
特集:医療生協の新たな挑戦
新・医療生協論──変革のパラダイム──(リム ボン)
わが国の医療・福祉と生協への期待(中村秀一)
医療生協の「高齢者にやさしい街」活動の推進(岡本多喜子)
生協法改正と医療生協の管理運営の課題(大野 博)
医療福祉生協連が目指すもの──超高齢社会におけるまちづくり,健康づくり──(髙橋泰行)
医療福祉生協の現状と事業戦略(藤谷惠三)
本文テキスト(執筆者名)
研究と調査
「生協ガバナンス論」の整理(川島美奈子)
海外のくらしと協同No.16
国際協同組合保険連合(ICMIF)の2010年上半期の活動(中村浩子)
新刊紹介・私の愛蔵書
伊勢﨑賢治著『国際貢献のウソ』(鈴木 岳)
司馬遼太郎著『街道をゆく』第三十巻,第三十一巻(藤井晴夫)
本誌特集を読んで
イギリス人から観た道の駅
研究所日誌
インターネットを利用した購買動向