• 研究所の概要
  • 研究活動
  • 助成・表彰事業
  • 刊行物情報

海外報告
第5回CIRIEC(国際公共経済学会)研究会議参加報告【鈴木 岳】

海外出張の目的

第5回CIRIEC(国際公共経済学会)研究会議参加
ポルトガル生協視察

日 程・訪問地

2015年7月15日~18日 ポルトガル・リスボン

報 告

第5回CIRIEC(国際公共経済学会)研究会議

2015年7月15日~18日  会場 : リスボン・ウニベルシダード・インスティトゥート


●会場の外観

 CIRIEC(Centre international de recherches et d’information sur l’économie publique, sociale et cooperative :公共経済、社会的経済、協同組合経済に関する研究・情報のための国際センター。日本では「国際公共経済学会」と訳され、日本での部会としての学会が現存する)の前身は1908年にスイス・ジュネーブ大学教授のエドガー・ミヨー(1873-1964、出身はフランス・ニーム)によって刊行された仏語雑誌Les Annales de la Régie Directe、に起源を発する。1925年になると、英語、独語版の刊行が加わり雑誌名もAnnals of Collective Economyと変更されてより拡大路線を取るようになった。ここには公共経済以外に協同組合の研究や報告が扱われるようになって、現在に至る潮流となった。雑誌の刊行ばかりではなく研究学会としての体裁が整えられ、1947年にCIRIECと名乗ることになった(但し、当初における最後の略字CはCollectiveを意味した)。会長ミヨーが1960年に引退した後は、ベルギーのケインズ系経済学者ポール・ランベール(1912-77)が後を継ぎ、現在も続くベルギーの旧炭鉱都市リエージュに本部を移した。彼の急逝後は、ギ・カダンが1990年まで会長で、その後はベルナール・チリーである。


●会議の様子

 現在はエコノミー・ソシアル(社会的経済:協同組合・共済組合・アソシアシオン<非営利組織>)系の思潮の流入が強まっている。その中では、ジャック・ドゥフルニ(ブリュッセル大学)やJ.L.モンソン(スペイン・バレンシア大学)、ロジャー・スピア(英国・オープンユニヴァーシティ、ICAでも理論的指導者の一人)らが国際的に著名である。スピア氏のみ5月のパリICA研究会議と同様、今回も精力的に参加されていたが、一方で世代替わりの兆候も見られる。

 今回の会議で全体のセレモニーとしては、初日にリスボン市長、3日目に現ポルトガル首相ペドロ・パッソス・コエーリョ(社会民主党)やモンブラン会議の歴々が社会的経済や連帯経済に一層の期待を示し、その土台作りを政府も計画的に行っていることが語られた。

 個別報告としては250程度の分科会が3日間にわたって行われた。参加・報告者は地域性を反映してかスペインからが最も多く、ポルトガルとブラジル、中南米を合わせると6割を占めていた。カナダ(ケベック)も多く、フランス、イタリアなどのラテン系諸国からがちらほら、東欧も少々、北欧や英国は少なく、米国は殆どいない。アジアも韓国から少々という程度。日本からは、CIRIEC日本の会長の今村氏(東洋大)、牧野氏(関西外語大)、北島氏(立教大)、栗本氏(法政大)、マット氏(明治大)、石澤氏(横浜市大院)、熊倉氏(明治大院)、広田氏(バレンシア大)、田端氏(兵庫大)などが参加・報告を行った。報告・質疑時間は1時間45分の枠で5人が基本で、事前に指名された座長が任意に運営をすすめる形式である。ただ、欠席もあるので状況は動く。報告は枚数の多いパワーポイント中心であった。言語は英語が基本である。但し報告者によってはパワーポイントのみ英語で、口頭ではスペイン語やポルトガル語、フランス語という報告も散見された。内容は、社会的経済や社会的企業、労働者協同組合に関するものが多い。モンドラゴンからの報告も幾つかあった。

ポルトガル・リスボン郊外の生協店舗報告


●PLURICOOPの店舗外観

 リスボンに生協があるのかどうか。かつて日本生協連の故大谷正夫氏が2000年にポルトガル協同組合法の解説を『ロバアト・オウエン協会年報』25のなかでされている。そして氏は各種協同組合が集結する協同組合大会に当時参加されていた。

 さて、1998年時点での統計として、ポルトガルに各種の協同組合は2878組合、連合会62。そのうち消費協同組合(Consumo、生協にあたる)数を212と氏は紹介されていた。農協、住宅建築、サービスがポルトガルの協同組合の3傑であり、生協は影が薄いようである。ではリスボンに生協はあるのか。


●ポルトガルではポピュラーな干鱈

 CIRIEC会場の受付学生諸氏に店舗はどこにあるかあたったところ、聞いたこともない、という返答である。実際、会場の配布資料にも報告にもポルトガル生協の紹介はない。仕方がないので、ウェブ上を様々あたる。それによれば、PLURICOOPというものが存在するようであった。当然ポルトガル語の表記のみ、スペイン語系の怪しげな知識から解読をすすめると、Mapa do Site→”Onde Estamos”という項目があり、そこに所在地一覧表が載っていた。どうやら店舗らしい。32件あった。ただ、地図が併記されているわけでもないので、しらみつぶしに手作業で調べてみると、リスボンの中心部に所在はないこと、換言すればこれらの所在地はリスボン外縁部とそれ以外の地域であることがわかった。しかも、どれも行きにくそうな場所ばかりである。ただ、Baixa Banheira(バイシャ・バニェイラ)にある住所は、どうやら郊外路線の鉄道駅に近い。ただし、テージョ川を渡ってリスボン中心地から南下した場所にある。鉄道で大回りしても船と鉄道を乗り継いでも行ける場所である。どちらも乗り換えが2回は必要な場所だが、行ってみることにした。


●ワインは安価で良質

 リスボンの宿から地下鉄、船、30分おきの3両編成の郊外電車を乗り継いで1時間半弱でバニェイラ駅に到着。無人駅だが駅は綺麗に新装され、エレベーターも備え付けられていた。そこから数分で狭い一方通行の通りに赤い看板の小さな入口の店があった。3階建ての建物の1階である。ただ、入っていくと思ったよりも奥行きがあって3筋の道に分かれ、奥にはガラスケースのある肉類の対面販売コーナーがある。そのそばの広くない空間には4人掛けの簡易テーブルとイスがあり、老人たちが元気にお話し中である。中筋は非食料品を扱っている。左手前には魚販売のコーナーがあるが、まだ午前のせいか、ポルトガル名物の丸物の魚介は並んでいなかった。コープ商品は皆無である。ただ、値段は他のスーパーに比べても安めに思える。ただ、これは郊外という地域性なのか。プロモもある。


●新鮮で豊富な魚介類がきれいに並ぶ(一般スーパーの魚売り場)

 小型店なので商品には限りがあるものの、一通り生活には困らないという品揃えであり、11時から1時間あまり、お店には高齢者を中心に(若い人もいるが)混んではいないが人は途切れない。歩いて2分ほどのところにミニスーパーがあるが、ここが閑散としているのと比べると、それなりに生協は繁盛している感じである。レジは2つあるが、1つが稼働中である。流れる音楽は流行歌のようで、赤い服を着た女性店員が口ずさみながら品出しをしている。見えている店員は4人。日曜も午前のみ営業、平日は3時間の昼休みを挟む。歩いて店に来る人が殆どすべて、地域に根差した形の生協のありようであった。

このポルトガル・リスボンについての報告は『ロバアト・オウエン協会年報No.40』に掲載予定です。
ご期待下さい!